「社会学講座」アーカイブ 

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講義一覧

5/15 文献講読(小説)『さようなら──』(2・完結)
5/14 スポーツ社会学「台湾で日本プロ野球の公式戦」(2)
5/13 スポーツ社会学「台湾で日本プロ野球の公式戦」(1)
5/12 
文献講読(小説)『さようなら──』(1)
5/11 
競馬学概論「90年代名勝負プレイバック〜“あの日、あの時、あのレース”(12)」
5/10 
現代社会学特論「椎名林檎、高らかに現役復帰!(14)」
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演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(5月第2週分)
5/7  労働問題「新薬臨床検査アルバイトの参加者続々」

5/6  
現代社会学特論「椎名林檎、高らかに現役復帰!(13)」
5/5  
文化地理学「名古屋市の万博関連ウェブサイト、アクセス急増」
5/4  
競馬学特論「G1プレイバック・天皇賞(春)&NHKマイルC」
5/3  演習(ゼミ)「現代マンガ時評」 (5月第1週分)
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5月15日(水) 文献講読(小説)
『さようなら──』(2・完結)

※この講義は小説です。第1回はこちらからどうぞ※

 “彼”の机の上にある目覚し時計が、ちょうど16時半を指していた。
 閉ざされたドアの向こうから、誰かが階段を上ってくる音が聞こえる。ぼくの集音機能と記憶装置に故障が無ければ、こちらにやって来るのは“彼”であるに違いなかった。
 足音は規則的で、徐々に大きな音になり、そしてドアのすぐ近くで止まった。
 それから、がちゃり、ぎぃ…という音がして、“彼”が姿を現した。肩には通学カバン。学生服は1階で脱いでしまっていて、ジーンズに上はトレーナーという服装。
 いつも通りの軽やかな足どりで部屋の中に入ってきた“彼”。その顔を身長130cm足らずのぼくがあぐら座りをした状態で眺めようとすると、ほぼ垂直な角度で見上げないとならない。“彼”は、ここ1〜2年で身長がぐぐっと伸びた。5年前に比べると頭一つ分違うんじゃないだろうかというほどだ。大きくなったなあ…と、しみじみ思う。たったそれだけで、思考回路のあたりがキリキリと痛んだ。前途多難だな、と思った。
 「──ただいま」
 いつもと同じ口調の“彼”の声。いつも聞いている「ただいま」なのに、今日は聞くのがとても辛い。多分、もう二度と今日と同じような“彼”の「ただいま」が聞けないからなんだろう。そう思ったら、また、とても辛くなった。でも、言わなくちゃ。今日言えなかったら、ずっと言えないような、そんな気がするから──
 「………話が、あるんだ」
 ぼくがそう言った途端、“彼”のこめかみの辺りがピクッと動いた。
 「どうしたんだい? 急に改まって」
 「……未来の世界に帰ろうと思うんだ。多分、もうここには戻らない」
 その瞬間、“彼”の顔から一気に血の気が引いていったのが分かった。表には出すまいと思っているのか、表情そのものは変わらないけれども、明らかに動揺しているのが見てとれる。よく見ると、足元も小刻みに震えていた。
 それでも“彼”は平静を装おうとしていた。カバンを机の上に置き、それからぼくと向き合うような形で畳の上に座った。
 「…そう、か……。寂しくなるね」
 “彼”の声は少しかすれていた。精一杯の力でしぼり出した、という感じ。でも、“彼”はそれをぼくに見せたくないらしい。昔の“彼”なら、もうとっくに泣き出していただろうに。そう考えると、ちょっと意地悪な問いかけをしてみたくなった。
 「…驚かないのかい?」
 すると“彼”は、急に大人びた、それでいて寂しそうな目をして、こんなことを口に出した。
 「…うん。少し前から、こんなことになるんじゃないかって、そう思ってた」
 驚かされたのは、逆にぼくの方だった。
 「どうして? どうしてそう思ったの?」
 「だって──」
 “彼”は寂しそうな目をしたまま、答えた。
 「何だか最近、ここにいるのが辛そうに見えたもの」
 愕然とした。ぼくがそんな仕草を見せていたこともそうだったけど、それより何より、“彼”がそんなことが出来るようになるまで成長していたということが信じられなかった。“彼”は、ぼくが考えているよりも、ずっとずっと大人になっていたんだってことに、今やっと気がついた。
 そうやって、ぼくが混乱してしゃべれないでいると、今度は“彼”の方から尋ねてきた。
 「……未来には、いつ帰るつもりなの?」
 「今日すぐに…って言いたいとこなんだけど、色々やらなくちゃいけないこともあるしね。しあさっての夜中にしようと思ってる」
 「3日後……か。今日は火曜日だから、…あぁ、ずっと学校と柔道のケイコがある日だなあ。残念、どこにも遊びに行けないね」
 「ぼくら2人が、もうわざわざ思い出作らなくたっていいじゃない。この5年あったことで、もう十分だよ。それに、正直、遊びに行けるほど余裕無いんだよ。後片付けだけでも大変なんだ」
 「……そう、か。じゃあ、仕方ないね」
 さすがに“彼”は、落胆を隠さなかった。けれど、それをごまかすようにして、すぐに別の質問をぶつけてきた。
 「──は、未来に帰ったらどうするの?」
 どれだけ取りつくろっても、やっぱり“彼”の心は動揺しているみたいだった。しゃべり始め、ぼくの名前を呼んだ部分は、完全にかすれて声になっていなかった。多分、口の中がカラカラに乾いているんだろう。
 「未来に帰ったら? …そうだね、ぼくを買ってくれた家に戻って、そこでも今とおんなじように過ごすんじゃないのかな。で、キミの子孫のあの子が成長した後は、スイッチを切られて倉庫の奥にしまわれることになるんだろうね。それからは多分、ずうっとそのままになるんじゃないのかな」
 「……そんなので、いいの?」
 「うん。もともとぼくは不良品でスクラップになるところだったんだ。そんなぼくを買ってくれて、大事に扱ってくれて、楽しい経験をいっぱいさせてくれたもの。もう、それだけで十分だよ」
 ぼくは、1つだけウソをついた。出来ることなら、それが可能なんだったら、ぼくはずっとここにいたかった。まだ頼りない小学生の“彼”がいて、そんな“彼”を悩みの種にしながらも、それでいてとても楽しい日常の中で、ぼくはずっと過ごしていたかった。
 でも、それは無理な注文というものだった。同じ時を、同じ日常をエンドレスで繰り返すだなんて、そんなもの、科学ができることの範疇を超えてしまっている。
 22世紀の科学技術は凄いだろう? 何だってできるんだよ──
 ぼくはいつもそんなことを言っていた。でも、今になってそれが大間違いだってことが分かった。“高度な科学技術”なんてロクなもんじゃない。何でもできるように見えて、肝心なことは何一つできやしないんだ。
 「………そう…か。キミがそう言うんなら、ぼくはもう、それでいいや」
 そして、“彼”も1つウソをついた。“彼”は本音をさらけ出す時、「キミ」なんて言葉は使ったりはしない。

 これ以上、ぼくたちは何も言葉を交わすことはなかった。何を話したらいいのかも分からなかった。
 やがて、“彼”は柔道のケイコに行かなくちゃならない時刻になって、柔道着を肩にしょって部屋を出て行った。そこまで計算したわけじゃなかったけれど、この日、理由が何であれ、ぼくと“彼”が顔を合わせる時間が少しでも短くなったことを、ぼくはとてもありがたく思った。

 

 その日の夜から、ぼくはあれやこれやと忙しく動き回った。“彼”に告げた「遊び回る時間が無い」というのは本当のことだった。
 まずは5年間でたまった荷物の整理や、帰った後に未来の世界でやらなくちゃいけない色々な手続きの準備とか、ぼく自身の個人的な用事から。
 どれも面倒なことばかりだったけど、余計なことを考えなくていいだけ、気分的には楽だった。
 一晩明けた次の日からは、丸2日をかけて、こっちの世界でできた知り合いにお別れを言いに回った。
 始めに、ぼくみたいなロボットを自分たちと同じように一匹のネコと認めてくれた近所のノラたちのもとへ。彼らは最後までぼくを特別扱いせず、そして別れを惜しんでくれた。嬉しかった。
 それから“彼”の友だちでもある、人間の知り合いにも別れを告げに行った。こちらはやっぱりというか、ぼくに対する反応が1人1人で大きく違った。
 「心の友よ」とか言いながら、涙を流しながら大げさに別れを惜しんでくれる奴。
 その髪型とおんなじように、ぼくが目の前にいる間ずっと、何考えてるんだか理解不能な複雑な表情で立ち尽くしていたあいつ。
 将来、“彼”の奥さんになるはずの女の子は、最後までぼくを“ちゃん”付けで呼んで「元気でね
」と言ってくれた。
 ……彼らの反応はだいたい、ぼくの予想していた通りだったけれど、1人だけ、まったく意表をつくことをして、ぼくや周りの人間たちを驚かさせた少年がいた。
 その少年は、ぼくが別れを告げるや突然、その場に崩れ落ちて人目もはばからずにワンワンと声をあげて泣いた。言葉にならない声で、ぼくに「行かないでくれ」と繰り返した。彼はこれまでそういうところを他人に見せたことが無かったので、みんなとても驚いた。ぼくがそんな彼をなだめるのに何時間もかかった。
 そういえば、彼は人一倍、未来の世界にあこがれを抱いていた少年だった。前に一度、丸一日かけて22世紀の世界を案内してあげたことがあったのだけれど、その時、彼は本当に心から楽しそうな顔をしていた。
 彼は、その名前の通り出来すぎた賢い子だった。だから、自分が無理を言っても通じないことは、ずっと心の中に秘めたまま決して口に出そうとはしなかったんだろう。でも、心の中で彼はずっとずっと叫び続けていたんだ。もっともっと長い時間、ぼくといっしょに過ごしたいんだって。けれどもう、それは永遠に果たされることはない。それが分かった時、彼を支えていたいろんなものがいっぺんに壊れてしまったんだろう。
 ──ぼくは、その少年と過ごした時間が、他の仲間達と比べて極端に少なかったことを後悔した。そして後悔っていうものは、本当に手遅れになってからするものなんだって、改めて思い知らされた。

 ところでぼくは、“彼”本人から1日遅れで“彼”の両親たちに別れの挨拶をした。
 2人とも心から別れを惜しんでくれて、さらに“彼”の面倒を長い間看てくれてありがとうと言ってくれた。こっちの世界で最後の食事になる2日後の夕食は、目一杯のごちそうにしてくれると約束してもくれた。“彼”の母親からメニューのリクエストを訊かれて、ぼくはやっぱりドラ焼きを注文した。「こういう時は好きなおかずを言うものなのよ」と言って、“彼”の母親は笑った。
 “彼”の両親からも、ぼくが未来の世界に帰って何をするかを尋ねられた。ぼくは“彼”にも言ったようなことを繰り返したけれど、役目が終わったらスイッチを切られて倉庫に入れられるということだけは伏せておいた。どうしてそうしたのか、自分でもよく分からなかったけれど、多分それは正しいことをしたんだと思っている。
 困ったのは、“彼”の母親に言われた「また遊びにいらっしゃいね」という言葉だった。どう答えたらいいのか迷ったけれど、とりあえず「はい、ありがとうございます」と言っておいた。実際にはその約束を守らなかったとしても別に問題は無いと思ったからだ。“彼”の母親の言葉にウソは無いと分かっているし、ぼくが本当にここを訪ねた時は歓迎もしてくれるだろう。かと言って、ぼくが遊びに来なくたって困ることなんてないだろうし、むしろ毎月家計簿をつける時、ぼくの食費が浮いたことを喜んだりもするはずだ。でも、ぼくはそれで人間たちが薄情だとか思ったりもしない。「そんなものじゃないの?」って、そう思うだけだ。
 “彼”が結婚する前の日の様子を見に行ったことがある。“彼”と“彼”の友人たちが、ビールを飲みながら思い出話をしていた。そこにぼくの話は出てこなかった。でも、彼らがぼくの存在そのものを忘れてしまったわけでもないんだろうな、とも思った。その時は話に出てこなかったけれど、何かのきっかけで「そういえば──」ってことになるんだろうと思う。ぼくはそれだけで十分満足だった。 
 

 

 そしてとうとう、ぼくが20世紀の世界で過ごす最後の1日がやって来た。
 この日も、午前中は色々な雑用に追われて過ごしたけれど、全ての用事が終わらせてしまった昼過ぎからは、それまでの忙しさがウソのように何もすることが無くなってしまった。
 余った時間とぼくの道具を使って、最後にどこかへ観光にでも行こうかと考えたけれど、結局ぼくは“彼”の部屋で何もしないまま過ごすことに決めた。小学生の頃から、“彼”が昼寝をする時に使っていた座布団を枕にして、部屋の真ん中に寝っ転がった。よくよく考えてみたら、ぼくがこの部屋でこうして過ごすのは初めてのことだったかもしれない。何をしているわけでもないのに、どうしてだか分からないけど、そうしている間、ぼくはとても幸せだった。

 夕方になって、“彼”が学校から帰って来た。今日はケイコの無い日だったので、“彼”はぼくといっしょに同じ部屋にいたけれど、いつも通りの会話の他、特に何を話すでもなく、ただ時間は過ぎた。話さなくちゃいけないことはたくさんあるはずなんだけど、思考回路のどこかで言葉が事故渋滞を起こしているような感覚がした。多分、“彼”も同じだったんじゃないかと思う。“彼”は、珍しく夕方から受験勉強をしていた。
 晩ごはんは、約束通り心づくしのごちそうが出た。ぼくがリクエストしたドラ焼きは、お中元とかお歳暮の時に買うような24個入りの大きな箱のままテーブルに載せられた。気持ちは嬉しかったけれども、さすがのぼくでもこれを全部食べきるのは無理だった。限界までふくれたお腹を抱えて「ごめんなさい」とぼくが言うと、“彼”の母親は「じゃあ、おみやげにしたらいいじゃない」と言って、余ったドラ焼きをていねいに包み直してぼくに渡してくれた。この人は、こういう時は本当に優しい人だった。

 その後、“彼”や“彼”の両親と色々な話をした。それから“彼”の両親に最後の挨拶をすませて、“彼”といっしょに“彼”の部屋へ向かった。最後の最後は、やっぱり“彼”と2人きりになった。
 “彼”は部屋に入るなり、押入れの下の段にしまってあったジュースのペットボトルと紙コップを取り出してきた。去年の夏にバーベキューをした時の残り物だった。
 「飲もうよ」
 ドン、とボトルを畳の上に置いて彼は言った。
 「せめて、これが無くなるまでは、いてくれてもいいだろ?」
 ぼくは「いいよ」と言って畳の上に座った。それを見た“彼”の顔がほころんだ。
 「よかった。もうこのまま行っちゃうのかと思った」
 「うん。そのつもりだったんだけど、気が変わった」
 「──ありがとう。あ、でも、このジュース冷えてないな。どうしよう。冷凍庫に入れても、ちょっとかかっちゃうなあ…」
 「…おいおい、ちょっとちょっと……」
 あたふたする“彼”を見て、ぼくは半分本気であきれてしまった。
 「こういう時にぼくの道具があるんだろ? せめてこういう時くらい便利に使っておくれよ」
 ぼくは22世紀で使われている小型急速冷却機を取り出して、ペットボトルにセッティングした。30秒ほどで冷え冷えのジュースが出来上がる。
 「あ、そうだったね。道具があったことをすっかり忘れてたよ。最近全然使ってなかったし」
 “彼”は苦笑いしてベロを出す子どもっぽい仕草をした。このクセだけは小学生の時から直っていない。
 「そういえば──」
 ぼくは、ここ2年ばかりずっと抱いていた疑問を“彼”にぶつけることにした。
 「キミは中学生になってしばらくしたら、道具をねだらなくなったじゃない? あれはどうしてだったの?」
 突然の質問に驚いたのか、“彼”は一瞬、「えっ?」と言いたげな驚いた表情になり、その後、しばらく真剣な顔で考えはじめた。それから“彼”は、急速冷却機が30秒の仕事を終えて、「レイキャク、オワリマシタ」と棒読みのアナウンスを始めるまで考えたあげく、「う〜ん」というしぼり出すような声を出した後に続けて、
 「特に……理由は無かったんだけどさ。でも、何だかカッコ悪いように思えたんだ。道具に頼って暮らすのがさ」
 と、そんなことを言って、今度はやけに大人びた苦笑いを浮かべた。
 ぼくはそれを聞いて、“彼”の父親の話をまた思い出した。あの、中学生の男の子が外見から変わって……という話の続きだった。
 「あの年頃の男はね、理屈じゃないんだよ。物事の判断基準は『自分にとってそれがカッコいいか、そうじゃないか』なんだ。だから、理由も無しに変なことをするヤツもいたりする。
 ただ、どうだろう? ぼくが言うと親バカかもしれないけれど、ぼくの息子は、そのへんの判断は間違わないまっすぐな人間に育ってくれると思ってるんだけどね」
 ──ぼくも、その意見に同意したいと思う。色々と回り道を通ることの多かった“彼”だけれど、今はもう、本当に素晴らしい大人になろうとしている。

 それからぼくたちは、思い出話を始めた。5年分たまったエピソードは、話しても話しても尽きることが無かった。
 それでもぼくたちがする思い出話のほとんどは、“彼”が小学生の時の話ばかりだった。やっぱり“彼”にとっても、あの頃が一番中身の濃い一日、一日を過ごしていたんだろう。
 「──そういえば、覚えてる? ほら、前にも一度、こういうことがあったじゃない。ちょうど、ぼくが6年生に上がる時」
 「忘れるもんか。ぼくにとっても一番の思い出だよ、あの夜は──」
 ぼくがここに来て1年ほどたった頃、今回と同じように未来の世界へ帰ることになったことがあった。あの時、まだ小学5年生だった“彼”は、ぼくが別れを告げるなり、ぼくの体にすがりついて号泣した。それでも、当時の彼なりに独り立ちしようとして一生懸命努力したんだった。
 「──アイツにボコボコに殴られてさ、それで『ぼく大丈夫だから』って言ってたんだもんなあ。今から考えたら全然大丈夫じゃなかったよね。じっさい、それからしばらくしたら、本当にフヌケになっちゃってたし」
 “彼”はそう言って、自嘲気味にキシシ…と歯のスキマから息をもらすようにして笑った。最近、“彼”はよくこういう笑い方をする。
 「今日のキミは泣かないんだね」
 ぼくがそう尋ねると、“彼”は真顔に戻ってこう言った。
 「何かで聞いたことがあるんだけどさ。子どもは泣くことで、状況を自分の得になるように変えようと思って泣くんだって。だからあの時のぼくは泣いたんだと思う。泣いたら、どうにかなるんじゃないかってね。
 ……でも、もうぼくは子どもじゃないからね」
 だから、もう泣かないんだと思う。そう言って彼はちょっと照れたような微笑を見せた。
 ………ああ、本当にキミは──
 本当に、変わってしまったんだね。もう、ぼくが必要ないほどに──

 

 ──ペットボトルのジュースは、もうずいぶん前に無くなってしまっていた。せっかく包んでもらったドラ焼きも、いつの間にか2人でみんな食べてしまった。それでも、ぼくたちはいつまでも話し続けていた。
 窓から見える空の色は、いつの間にか真っ黒から紫色に変わりつつあった。時計の針はもう5時を回っている。
 「──ええと、未来に帰るって、正確に言うと何年の世界に戻るんだっけ?」
 「2125年だね。ぼくが作られたのは2112年だけど」
 「そうか。じゃあ、また会おうと思ったら、ギネスブックに載るくらいに長生きしなきゃいけないね」
 「うん。……あ、でももし、そうやって会えたとしても、それはもう、ぼくたち2人とは言えないよ」
 「どうして?」
 「だって、その頃にはキミは100歳を超えたヨボヨボのおじいちゃんだろ? その時のキミは、100年分の人生経験をして、今とは全く違うキミになってるはずさ。
 …でも、ぼくは全然変わっていない。今、こうしているぼくのままさ。そんなぼくとおじいさんになったキミが、22世紀の未来でもう一度出会ったとして、それでどうなると思う?」
 「…そっか……。そうだよね。ぼくらは、今のぼくらだから意味があるんだよね……」
 「……うん…………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「……………………」
 「………………じゃあ、もうそろそろ行こうかな」
 突然やって来た沈黙。これを逃したら、もう二度とタイミングがつかめないような気がして、ぼくは唐突に話を打ち切った。「よいしょ」と言って立ち上がるぼく。それを見て“彼”は、何も言わずにぼくと一緒に腰を上げて、スッとぼくに手を差し出して来た。
 「元気でね」
 ぼくは、迷うことなくそれを握り返す。
 「…うん。あ、でも、ぼくは大丈夫だよ。ロボットなんだから、万が一元気じゃなくなっても直せば済むもの。それよりそっちは大丈夫かい? ぼくがいなくなったからって、学校サボったり、受験失敗したりしたら許さないからね」
 「あー、バカにしてるなー? もうぼくはそんなにヤワじゃないぞ。もう何でも1人でできるんだからな」
 その直後、一度は笑った“彼”の表情が、何ともいえない寂しげなものに変わった。
 「……だから、安心して未来に帰ったらいいんだよ」
 ぼくは、こみ上げてくるものを必死にこらえて、それに答える。
 「…うん、わかった」
 「…元気でね」 
 「…うん」
 ぼくの方から手を離した。
 
「じゃあ、行くね」
 「うん」
 最後にもう一度、記憶装置に焼き付けるように“彼”の顔をじっと見つめた後、ぼくはくるりと“まわれ右”をして、机の引き出しからタイムマシンに乗り込んだ。後ろから「さようなら」という声がした気がしたけど、もう返事はしなかった。

 タイムマシンに乗り込んで、ぼくはまずホームタウン機能を解除した。これでもう、“彼”の机の引き出しとタイムマシン乗り場が繋がることは無い。今頃“彼”の机は、ごく普通の机に戻っているはずだ。
 それからタイムマシンにタイムスリップ先の日付と場所をインプットして、起動スイッチを入れた。タイムマシンは、いつも通り、何事も無く動きだした。
 ぼくのタイムマシンは、1秒につき1年のペースでタイムスリップをする。普通に生きるとすれば、気の遠くなるほど離れた100年以上もの歳月も、たった2分間の時間旅行で行き来することができてしまう。
 2125年の世界では、ぼくが帰るのを楽しみにしてくれている人たちがいるはずだ。気心の知れた、同じロボットの仲間たちもいる。何一つ不自由の無い、楽しい日常が待っているはずだ。

 …………………でも。
 でも、今ここで、タイムマシンから身を投げ出して、
 落ちたら最後、二度と戻って来れない時空の狭間に身を任せて、
 これまでの思い出にひたりながら、ただ燃料が切れるのを待つことができるなら、
 それは、どれだけ幸せなことなんだろうと、ぼくは思った──

 


 

 「…ウ……ウゥ……」
 机の上の至るところに水滴がしたたり落ちていた。机の片隅には外された眼鏡。
 「……ちくしょう…どうして……」
 声を震わせながら、“彼”はつぶやいた。目からはとめどなく涙がこぼれ落ちていた。手でぬぐっても全然追いつかない。
 「…泣かないって、決めたのに。ずっと前から、決めてたのに……」
 何ヶ月も前から、“彼”は心に決めていた。その時が来たら、5年間苦労を共にして来た“親友”を、気持ちよく送り出してあげようと。
 全てのことは、予定通りに運んだ。いつも自分のことを心配してくれていた“親友”は、すっかり安心して未来の世界に帰って行った。全ては上手くいった。なのに、「もう二度、あのロボットに会えないんだ」ということが、ほんの一瞬だけ頭の中をよぎった途端、一気に涙があふれ出て止まらなくなってしまったのだ。
 「…どうして、どうして泣いてるんだろう、ぼくは──」

 ──“彼”はこの時、初めて知ることになる。
 子どもと違って大人は、本当に、本当に悲しい時にだけ、泣くのだということを──

 

 ……窓の外から見える空の色は、もうオレンジ色に染まっていた。もう灯りが点いている家もいくつか見ることができる。
 “彼”は、1時間以上かけて、やっとのことで気持ちを落ち着けることができた。机の上をティッシュペーパーで拭こうとしたら、2枚や3枚では足りなかった。今はただ、ぼんやりと外の様子を眺めている。
 結局、一睡もできなかったけれど、もうそろそろ身支度をして学校へ行く準備をしなければならない時刻になっていた。今頃になって急激な眠気が襲い掛かってくる。正直言って、学校に行って勉強するような気分にはなれなかった。
 それでも“彼”は、「よし」と一言つぶやいた後、通学カバンの中に今日の時間割で使う教科書とノートを詰め込み始めた。
 「──約束したもんな。学校、サボらないって」
 準備を終えた“彼”は、通学カバンのファスナーを閉めて、改めてそれを机の上に置いた。
 部屋をぐるりを見回してみる。いつもと何も変わらない自分の部屋。でも、もう何もかもが変わってしまったように見えた。
 それから“彼”は、机のすぐ近くにある本棚の、一番下の段の隅っこに手を伸ばして、1冊の分厚い本のようなものを引っ張り出した。それはアルバムだった。
 パラパラとページををめくってみようとするけれども、長い間本棚のコヤシになっていたせいか、ページとページが張り付いてしまっていて、なかなか思うようにならない。それでも、何枚かの写真を見ることはできた。
 それらの写真は、もう何年も前に仲間と一緒に冒険旅行へ出かけた時のものだった。小学生の頃、まだ何につけてもだらしなかった頃の自分に、同い年の仲間たち。そして──

 “彼”はしばらくアルバムを眺めた後、バフッと音をさせてそれを閉じ、そのまま小脇に抱える。そして、再び机の前に立って、今はもう普通のものに戻ってしまった、その机の中で一番大きな引きだしを引っぱり出して、そこにアルバムを押し込んだ。
 「………さよなら。…それから、ありがとう」
 “彼”はそう言うと、力任せに引き出しを押し込んで閉め、それから通学カバンを肩にかけてその場を立ち去った。
 ドアが開いて、閉まる音。

 ──そこにはただ、誰もいない部屋だけが残った。
 (了) 

 


 

5月14日(火) スポーツ社会学
「台湾で日本プロ野球の公式戦」(2)

 ※ 昨日の分のレジュメはこちらから

 1992年、あるオープン戦の始球式で、その事件は起こりました。

 バッターボックスでは、その日の阪神タイガース先発の1番打者、高橋慶彦選手がスタンバイしていました。彼は広島東洋カープで長年活躍した名選手で、盗塁王など数々のタイトルを獲得した後、阪神に移籍。この年が移籍2年目でありました。
 そして始球式の主役であるピッチャーは、タレントの山田雅人自他、特に自が認める熱烈な阪神ファンであり、それが決め手となっての“登板”でした。

 普通の始球式でピッチャー役を務めるゲストは、女性アイドルであったりとか年配の“偉いサン”であったりします。ですので、始球式で投げられるボールは緩やかで、バッターはそれを微笑で見送りながら義理で空振り、というのが定番であります。これは昨日の講義でも申し上げました。

 しかし、当時の山田雅人はまだまだバリバリの若手タレント。「バシッと速球で決めてみせますわ〜」と言ったかどうかは分かりませんが、マウンドで意気揚揚、投げる気満々でありました。

 そんな山田雅人の手から投げられた球は、その意気込みの通り、勢いのある直球。他の始球式ではちょっと観られないようなナイスピッチでした。
 そしてその白球はまっすぐ──
 まっすぐに、高橋慶彦選手の体へと吸い込まれていったのです──。

 ほのぼのした風景から、一転して異様な雰囲気に包まれた球場。前代未聞の始球式デッドボールを喫した高橋慶彦選手はその場に倒れこみ、立つことが出来ません。ついには担架に乗せられて医務室へと運ばれて行きました

 結局、高橋慶彦選手は骨折していることが判明し、開幕を前にして戦線離脱。この年はそのまま調子が上がらず、1軍での試合出場も20試合足らず。そして、そのままシーズン終了と共に、現役引退を表明しました
 通算安打はあと150本ほどで2000本に到達するほどのハイスコアだっただけに、大変引退が惜しまれましたが、(山田雅人に負わされた)怪我には勝てませんでした。
 ……そしてこれにより山田雅人は、「高橋慶彦を引退に追い込んだ男」、「高橋慶彦の2000本安打を阻止した男」2冠王に、さらに始球式での投球は「高橋慶彦の生涯忘れられないあの1球」となり、計3冠。まさに“阪神ファン内のゴールデン・ラズベリー主演男優賞”と言って申し分なく、アメリカ映画界で言うところのシルベスター・スタローンのような存在に輝く事となりました。

 もともとこの山田雅人が本格的に芸能界デビューを果たしたのは、“3冠獲得”から遡る事4年の1988年でした。当時同じ松竹芸能に所属していたタレント・森脇健児とコンビを組んで、夕方の近畿ローカル帯番組『ざまぁKANKAN!』に出演した彼は女子中高生を中心に人気を集め、それを足がかりに芸能界へのステップを踏み出したのでした。
 この時、他局の同時間帯では、清水圭・和泉修のいわゆる“圭・修”が同じようなティーンズ向け番組をやっており、白熱した視聴率合戦を繰り広げていたのは、今なお近畿在住のコアなTVウォッチャーの間では語り草になっています。もっとも、この視聴率合戦は「小泉孝太郎と三瓶、長持ちするのはどっち?」みたいな、レヴェル的にはアレなバトルではありましたが

 まぁ何はともあれ、山田雅人はそれ以後、競馬から阪神タイガースまでと言う、白木みのるのストライクゾーンのような範囲で仕事を獲得してゆきます。
 特に競馬関連ではレギュラー番組を獲得。10代で競馬ファンになって以来、ずっと出馬表や成績表のスクラップブックを作り続けているという彼は、水を得た魚のように競馬について熱く語っておりました。
 その彼の競馬談義は、スクラップブック数十冊分の積み重ねられた知識が込められているとは思えないほど薄っぺらく平易で親しみがあり、競馬ファン向けの番組なのに競馬ファンよりも、ほんのわずかながらいた競馬ファン以外の視聴者・聴取者の方に受けが良かったりしました。

 彼の活躍はTVやラジオだけにはとどまりませんでした。芸能界の舞台裏でも彼は大活躍。その持ち前の腰の低さと如才の無さは群を抜き、“アイサツテイオー”との異名を取るほどでした。芸の無さと相反した芸能界内での評価の高さは、どうやらこの辺りにあったように思われます。
 彼はその後、所属していた松竹芸能内のトラブルに巻き込まれ、都落ちのような形で事務所を移籍するなど、一時期不遇に追い込まれた事もありました。が、やはりそこは“アイサツテイオー”。怒涛の芸能界をたくましく生き残り、ついにはあの『渡る世間は鬼ばかり』でレギュラーを手に入れるまでになったのでした。

 ……が、そんな山田雅人につい先日、芸能生活最大のピンチが訪れました。『渡る世間──』を降板させられるかどうかの瀬戸際に追い込まれたのです。

 第1部開始以来12年が経過。現在、既に第6部にまで到達した、“プライムタイムの水戸黄門”こと『渡る世間は鬼ばかり(略称:『渡鬼』)』。長セリフの域を越え、既に長文暗誦大会の様相を呈しているこのドラマは、登場人物が異様に多いことでもよく知られています。なんと現時点でのレギュラー&準レギュラー登場人物は60名。このままいけばあと数年で、『水滸伝』よろしく108名の梁山泊が結成されそうな気がします。

 しかしこの『渡鬼』、ただ登場人物が多いだけではありません。いつの間にか人知れず、闇から闇へと葬り去られていった登場人物もまた、非常に多いのです。
 全シリーズの第5部までで、何らかの理由をもって“消えた”登場人物は21名海外へ移住した人、生まれ故郷へ帰った人、死んだ人、色々です。
 その今は無き(亡き)登場人物たちが“消えた”理由の多くは、ストーリーの成り行きで登場する事が無くなったから、というものです。まぁ、12年も続いているドラマですから、それはアリでしょう。
 ですが、時々、橋田先生の逆鱗に触れるなどの大人の事情で無理矢理登場人物が“消される”事があります。
 こうなると大変で、そういった登場人物は、ドラマの中で強烈な罵詈雑言を浴びせられた挙句、海外に永住した事になったり、新シリーズ開始早々いなくなった事になったりします。

 例えば、中華料理屋『幸楽』の2代目主人(角野卓造)の妹役だった沢田雅美さんは、石井ふく子プロデューサーの舞台を勝手に降板したことから、夫(岸田敏志)と離婚してニューヨークに永住する事になりました。しかも可哀想な事に、彼女の子ども役だった米沢由香さんと伊藤淳史くんまで巻き添えになりました

 また、第1部でレギュラーを務めたものの、その直後にトレンディードラマでブレイクし、『渡鬼』に出られなくなった唐沢寿明さんは、「私を捨ててトレンディードラマに走ったのね」と、橋田先生の逆鱗に触れてしまいました。結果、第2部では「自分の都合で妻を捨て、永住権目当てでアメリカ人女性と結婚した酷い男」という設定になって、『渡鬼』の世界から永久追放になりました。

 あと三田村邦彦さんなどは、離婚問題をこじらせたために橋田先生からの印象が悪くなり、「自分勝手なファザコン男」と罵られて、無期限謹慎処分になりました。現在では謹慎は解かれていますが、滅多に出てきません。

 ……と、このようにレギュラーを獲得しても全く気の抜けないのが、『渡鬼』出演者の宿命でもあるのです。
 そして山田雅人です。彼が演じるのは、料理屋「おかくら」の板前見習。毎回ちょっとだけ出演しては数回セリフをしゃべると言う役どころ。まぁ、エキストラの親玉みたいな存在です。
 この山田雅人演じる板前見習が、今シリーズ開始早々、「父親が危篤になったので故郷に帰る」という設定を突きつけられ、レギュラー降板の危機になりました。これを見たコアな視聴者は、
 「ああ、ついに山田雅人にも“来た”か」
 ……と、思ったものでした。ひょっとしたら高橋慶彦の呪いか、などと囁かれたものです。

 が、しかし。ここからがアイサツテイオーの本領発揮でした。なんと、わずか2週間で復帰を果たした彼は、またレギュラーの地位に納まってしまいました。どうやって橋田先生のご機嫌を取ったかは皆目不明ですが、芸能界では「恐るべし、山田雅人」という印象を植え付けた出来事でありました。

 ……と、このように(?)、始球式とは大変恐ろしいイベントであります。

 さて、今日行われた台湾での始球式はどうだったのでしょうか? 松浦亜弥は無事だったのでしょうか?

 アイドル歌手松浦亜弥(15)が14日、台湾・台北市で行われた日本プロ野球初の海外公式戦ダイエー−オリックスのオープニングセレモニーに出演した。君が代独唱の後、ピンクのユニホーム姿で球場に登場。始球式では打者役で打席に入ったが、台湾行政院院長の投げたボールをまさかの見逃し。「(ダイエー捕手の)城島さんに『バット振って』『打って一塁に走っちゃえ !! 』と言われて、気合は入っていたのですが…。ボールが速くて思わず見逃してしまいました…」とガックリ。(日刊スポーツより)

 ……なんと、これまた前代未聞の、始球式見逃しアウトでありました。なんて大人気ないんでしょうか、台湾行政院長罰ゲームとして『チュッ! 夏パーティ』をコスプレ振り付で歌わせたい気分であります。

 …しかし、どうやら今回の始球式は無事に済んだようであります。松浦亜弥が第二の高橋慶彦にならなかったことに安堵しつつ、今日の講義を終わらせて頂きます。(この項終わり)

 


 

5月13日(月) スポーツ社会学
「台湾で日本プロ野球の公式戦」(1)

 せっかく高校での仕事が3連休だと言うのに、結局ほとんど研究室にこもっていた駒木です(苦笑)。
 さて、昨日付の講義に力を入れすぎたせいか、今日の講義にかける時間が無くなってしまいました。短縮講義になりますが、どうぞご了承を。

 さて、プロ野球ファンの方ならご存知でしょうが、明日14日から台湾において、日本プロ野球戦後初の海外での公式戦が行われます。
 この試みは、海外での市場開拓を目指すダイエーホークスがその足がかりとして、同球団の監督を務める王貞治氏と所縁の深い台湾が選ばれたもの。
 台湾は、プロ野球リーグがあって市民の野球に対する関心も高い上、日本の旧植民地の中でも比較的対日感情が良好だということで、今回の企画は早くも大成功間違い無しとの声も上がっています。当日の球場には台湾政界のお偉方も出席するとあって、国を挙げての歓迎ムードであるようです。

 …と、普通ならここで「安泰、安泰」とばかりにアグラをかいてしまうところですが、さすがはダイエーホークスダイエーの店舗には閑古鳥が鳴いても、福岡ドームには客を絶やさない商売上手ぶりを、ここでも見せ付けてくれます。まずは、こちらのニュースをご覧下さい。

 人気アイドルの松浦亜弥(15)が、戦後初の海外での日本プロ野球公式戦として今月14、15の両日、台湾で開催される「福岡ダイエー―オリックス戦」の始球式(14日)を務めることが30日決まった。式では「君が代」独唱も担当。海外のビッグ・イベントの“主役”に大抜てきされた松浦にとっては、今後のアジア進出に向けて大きな弾みとなりそうだ。(スポーツニッポンより)

 なんと、松浦亜弥です。そう、あの“平成のビッグフェイス”SAYAKAを相手にせず、現在、現役最強正統派アイドルの名を欲しいままにする松浦亜弥であります。 今回は彼女を台湾にゲストとして招聘するだけでなく、「君が代」独唱と始球式までさせてしまおうという贅沢な企画を実現させました。松浦亜弥なんぞに国家を歌わせて、右翼団体が怖くないんでしょうか。恐るべし、ダイエーホークス。

 「あやや」の愛称で親しまれる松浦は、台湾でもCMに出演するなど人気上昇中。台北市の天母球場で開催される歴史的一戦で大役を務めることになった。当日は台湾の野球ファンの前で「君が代」を歌った後、始球式に登板。日本の始球式とは逆に、バッターボックスに立つ。投手は当初、陳水扁総統が務める計画だったが、日程が合わず立ち消えとなった。いずれにしても台湾政界の大物が登板することになる。

 バッター・松浦については、主催チームであるダイエーの王貞治監督が本番までに特別コーチを務め特訓を行うことを約束。「あややの一本足打法」が披露される可能性も大だ。
(同上)

 普通、始球式と言いますと、
 「ピッチャー役のゲストが山なりのクソボールを投げる→バッター、義理で空振り」
 ……という展開に終始するのが常であります。そりゃあ、マンガ『ドカベン』の世界であれば、ダイエー不動の1番・岩鬼が、そのクソボールを
グワラゴアガキーン! と、センターバックスクリーンまで運んでしまうのでしょうが、現実世界ではそんな事はまずありません。
 しかし今回の松浦亜弥サイドは、やけに真剣であります。わざわざ空振りするために特訓するとは思えませんので、完璧に打つ気です。ホームランは無理にしても、もしも万が一、レフト前クリーンヒットなど放ってしまった日には、
 左翼前安打とは、これは日本が中共に歩み寄るというメッセージか!」 
 ……などと曲解され、日台関係が悪化する事が懸念されます。投げられた球を打ち返すにしても、せめてピッチャー強襲の内野安打くらいにとどめてもらいたいものであります。

 ところで、この始球式というイベント、我々もプロ野球球団サイドも気軽な気持ちで見ていますが、実は結構危険なものであったりするのです。少なくとも、このたび放送休止が決まった『筋肉番付』くらいの危険度があります。
 それはどういう事か……というところで、短縮講義の悲しさか、時間が来てしまいました。この講義は明日に続きます。時間割予定表から変更がありますので、チェックしておいてください。(次回へ続く

 


 

5月12日(日) 文献講読(小説)
『さようなら──』(1)

※この講義は小説です※

 バタン、というドアの閉まる音とその振動で、ぼくは浅い眠りから目を覚ました。
 ……いや、「眠りから覚めた」という表現は間違っていたかもしれない。ぼくはロボットだ。だから、人間のように眠ることなんて、本当は出来やしないのだ。
 ぼくがしていたことは、省エネルギーを兼ねたアイドリングにすぎない。連続稼動で熱を持った機械部分を冷やすため、一時的に活動を停止していただけだ。体を横たえて15分間動かないままにしていれば、ぼくは自動的にアイドリングモードに入るようになっている。これが人間でいうところの睡眠にあたるのだろう。1日8時間程度をこの時間に充てることが理想というところまで、人間とよく似ている。
 それでも、人間と違って本当に眠りについているわけじゃないので、ちょっとした刺激が与えられると、すぐにアイドリングモードは解除されてしまう。マウスを動かした途端に省エネモードから復旧する、デスクトップパソコンのモニターみたいなものだ。人間は眠りを邪魔されると不快感を抱くらしいけれど、幸いなことに、ぼくたちの仲間にそういった機能が付けられたという話は聞いたことがない。
 ……こういう時、ぼくは大抵すぐにまた“寝て”しまうのだけれど、今日はどうしたわけかそんな気分になれなかった。体を横たえたまま、視界に何か映る方向を探して、そっちをボンヤリと眺めた。
 ぼくは“彼”の部屋の押し入れを寝床にしていた。さっき“寝る”時にいい加減なフスマの閉め方をしたせいか、けっこうそこに大きな隙間が開いてしまっている。なので、ぼくは押し入れの中にいたままで、“彼”の部屋のほぼ全体を見わたすことができた。
 まず目に入ったのは、ぼくのちょうど正面にある、電気スタンドの灯りがついたままの“彼”の机だった。机上には、何冊かの参考書やワークブックと1冊のノート、そして目覚し時計。その時計の針は0時30分をやや回ったところを指している。最近、以前と比べて見違えるほど勉強熱心になった“彼”でも、この時刻まで起きているのは珍しい。そう言えば“彼”が今日、晩ごはんの時に「今日は宿題が多いんだよ」とボヤいていたのを思い出した。
 しかし、部屋中どこを見回してみても、その“彼”の姿が見えない。どうやらぼくのアイドリングを解除させたドアの音は、“彼”が部屋の外へ出て行った時の音らしかった。多分、トイレにでも行っているのだろう。主の居ない部屋に、ただ目覚し時計の秒針が跳ねる音が響く。
 それからしばらくして、押入れからはちょうど死角にあたるドアの方から、ドアノブをひねる音が聞こえて来た。間もなくしてドアが開く音、そして閉まる音。と、ほぼ同時に、パジャマ代わりのスウェット・スーツを着ている“彼”がぼくの視界に姿を現した。
 自分の部屋に戻って来た“彼”は、右手に1冊の雑誌を持っていた。キワどい水着を着た女の子が表紙を飾っているグラビア雑誌。“彼”はそれを、本棚と壁の間に開いている僅かな隙間、“彼”しか知らないことになっている場所に押し込んだ。そして“彼”はまた机に向かい、勉強の続きをやり始める。今夜の“彼”は、もう少しがんばるつもりらしい。ぼくと“彼”が出会った頃には、到底考えられなかった光景だった。
 背中を丸めて黙々とシャーペンをノートに走らせる“彼”をしばらく眺めた後、ぼくは横たえた体をゴロリと反転させて、人間の眼にあたる部分の機能を停止させた。視界から光が消える。あと15分こうしていれば、ぼくは再び“眠り”に落ちることになるわけだ。

 “眠り”までの時間待ちをしている間、ぼくは“彼”のことで色々と思いを巡らせていた。
 さっきも見た“彼”の行動──グラビア雑誌をトイレに持ち出したり、本棚と壁の隙間に隠したこと──を、今から2年ほど前、初めて目の当たりにした時、ぼくは大いに驚くと共に、「ああ、“彼”もそういう年頃になったんだなあ」なんて、深い感慨にふけったものだった。
 でも、そういうシーンをたびたび目撃してしまうようになると、ぼくの中でそれが段々と苦痛になっていった。一人っ子で、自分だけの部屋を持つ“彼”が、わざわざそんな面倒くさいことをしているのは、明らかにぼくを意識してのことに違いなかったからだ。
 ……………潮時だな。
 ぼくは、そう思った。

 

 ……ぼくがここに来たのは、“彼”がまだ小学4年生だった1月のこと。それからもう丸5年の月日が過ぎ去っていた。初めて出会った時、いかにも間の抜けた顔で皿の上のモチを眺めていた“彼”も、今ではあと1ヶ月ほど先に高校受験を控える中学3年生になった。
 たぶん、他の人間の男の子たちがそうであるように、“彼”もこの5年の間に随分と変貌を遂げていった。今では、眼鏡をかけた童顔気味の顔以外に、出会った頃の面影を探す方が難しいだろう。
 ぼくが初めて“彼”の明らかな変化に気付いたのは、“彼”が中学校に上がった時だった。
 まず、学校に行く時の格好がランドセル姿から学生服と学校指定のボストンバッグに変わり、それと同時に普段着る服まで変わったのだった。それまで“彼”のトレードマークだった一張羅の黄色いポロシャツと黒い半ズボンはタンスの奥深くにしまいこまれ、その代わり、何種類かの服を長ズボンのジーンズに合わせて着るようになった。タンスの奥のポロシャツと半ズボンは、つい最近バザーに出されてしまったとのことで、今はもうそれを見ることはできなくなった。
 その時は、どうしてそんな突然──、とぼくは思ったけれど、男の子が小学生から中学生になるということは、どうやらそういうことなのだそうだ。まず服装が変わり、それに追いつくように中身が変わってゆく。そんなものなんだよ、と“彼”の父親が語ってくれた。“彼”の父親の言ったことが正しいと理解できたのは、それから半年後、“彼”が母親を呼ぶ時に「ママ」という言葉を使わなくなった時だった。
 次の変化は、それからもうしばらく経った後。小学生の時、あれほど毎日のようにねだっていた、ぼくが未来から持って来た便利な道具をほとんどせがまなくなった。夏や冬の休み、ぼくや仲間とキャンプに出かけた時などには、その時間を快適に過ごすための道具を求めてきたけれども、日常生活で自分が楽をするために道具を要求することは一切無くなった。
 ぼくは、そんな“彼”の精神的自立を喜びながらも、やや拍子抜けした感が否めなかった。“彼”が小学生の時、ぼくが散々言って聞かせても従おうとしなかったのに、最後は“彼”が自分からそうするようになったからだった。ぼくにとってこのことは、改めて人間が複雑な生き物であることを認識させられた出来事だった。
 そして“彼”が「受験生」と呼ばれるようになった今年の春、“彼”は突然「将来は警察官になる」と言い出して、周囲をビックリさせた。小学生時代から天才的な才能を持っていた射撃の腕を活かせる仕事に就き、できればオリンピックにも出たい、というのがその理由だった。
 ただしその時、周囲の大人たちはビックリはしたものの、始めは全く真面目にとりあわなかった。小学生の頃によくかかった“熱病”が久しぶりに始まった、というのが彼らの判断だった。ぼくもそう思った。
 その“彼”の決意が本物だと分かったのは、“彼”が「警察官になっても困らないように」と両親に頼み込んで行くようになった、片道1時間も行った所にある柔道場での週3回のケイコを、2ヶ月間1度も休まずにやり遂げた時だった。指導力のある師範が親切に教えてくれたためか、または、まず自分のダメージを減らす受身から習い始めるという、柔道のスタイルそのものが“彼”に向いていたのが良かったのだろう。“彼”は平均よりも少し遅いくらいのペースで上達を重ね、今では師範から「あと1年ほどすれば黒帯が狙えるよ」とまで言われるようにまでなった。それで自信がついたのか、つい先日渡された2学期の通知表では、“彼”は生まれて初めて体育で“3”をもらって来た。
 また、夏休みの前からは、ついに高校受験に向けての勉強までするようになった。こちらの成果は早い時期から現れて、2学期の中間テストでは学年で2ケタの順位をとるようになった。“彼”の話によれば「学校始まって以来の珍事」と話題になったそうだ。校内では、カンニングかどうかを調査するために先生たちによるプロジェクトチームが組まれた、なんて失礼な噂も行き交ったほどだという。
 でも、ぼくはそのことにはそれほど驚きはしなかった。小学生の時からずっとテストで0点ばっかりとっていた“彼”だけれども、それは“彼”が勉強に全く興味を持っていなかっただけで、実は本気でがんばりさえすればかなりの成績をあげることができることを、ぼくはよく知っていたからだ。
 例えばいつだったか、ぼくが道具で時間の流れを遅くした中で、“彼”が徹夜のテスト勉強をしたことがあった。そのまま受験したら間違いなく0点になるところだったそのテストで、“彼”は65点をとって帰って来た。それは、それまでの何ヶ月分もの遅れをたった一晩で取り戻したということを意味していた。その時の“彼”は、すぐに元通りのぐうたらに戻ってしまって、また0点ばかりとるようになってしまったのだけれど……。
 とにかく、“彼”は大きく変わった。そして、とてもたくましくなった。“彼”の母親が学校の二者面談で“彼”の担任から聞いてきた話によると、男子中学生が3年生になってしばらく経つと、人格が入れ替わったような成長を見せることがよくあるらしい。でも、“彼”ほど急激に変わってしまうのは非常に珍しいことでもあるらしい。
 …これもいつだったか、小学生時代の“彼”とぼくが部屋にいたところ、突然中学生の“彼”と高校生の“彼”が押しかけてきて大騒ぎになったことがあった。体だけ成長した“彼”らは口々に、
 「今、自分が落ちこぼれでひどい目にあっているのは、小学生の頃になまけていたせいだ。だから今から小学生の自分を鍛え直すのだ」
 ……だなんて、もっともらしくて、でもよく考えたら責任転嫁もはななだしいセリフを吐いて、小学生の“彼”を問い詰めたのだった。この時はどうなることかと思ったが、“彼”らは小一時間ばかりで飽きてもとの世界へ戻っていった。事態が解決したことはぼくを一瞬ホッとさせたけれども、未来の“彼”らが、姿ばかり成長していても根気の無さが小学生の“彼”と全く変わっていないことについては、ぼくの思考回路にかなりの負荷をかける出来事でもあった。
 でも、今の“彼”を見る限り、もうそんなことになることはなさそうだ。未来は過去や現在がちょっと変わっただけでも大きく変わる。これだけ未来を構成する前提条件が変わってしまったら、もうあんなことは無かったことになりそうだ。もう少なくとも、“彼”が社会からドロップアウトするような未来は有り得そうにない。
 そういえば、元々ぼくがここにやって来たのは“彼”の未来を変えるためだった。22世紀の世界でぼくが買われていった先があまりにも貧乏で、それを過去の世界から修正するために、ぼくの持ち主の先祖にあたる“彼”の所へ送り込まれて来たのだった。今から考えると、22世紀の時間学者が聞いたら卒倒するようなヤバい話だったと思う。
 そんな当初の目的は、わずか1年余りで達成することができた。“彼”の予定されていた結婚相手が変わり、それに従って22世紀の未来も変わった。今ではぼくの持ち主も、普通の中産家庭に過ごす普通の少年になっているはずだ。いや、今の“彼”の姿から考えると、ひょっとしたら“先祖がオリンピック選手だった家の息子”という呼ばれ方をしているかもしれない。それは未来の世界に帰った時のお楽しみにしておこう。
 そうやって当初の目的を達してから3年余り、もうここにいる必要は無いにもかかわらず、ぼくがそのまま居ついてしまったのは、やっぱりぼくと“彼”との関係が極めて良好だったということなのだろう。人間とロボットの間にどこまで「友情」という言葉が通用するのかは分からないけれど、少なくとも国語辞典で書いてある意味においては、ぼくら2人は「親友同士」という言葉を使って構わないと思う。
 …………でも、それももう、おしまいだ。

 

 …さっきのグラビア雑誌うんぬんの話だけじゃなく、これから先、“彼”にとってぼくに見られては困る時やシーンがどんどん増えてくるはずだ。例えば、今の“彼”なら、高校に上がったら両親のいない時にガールフレンドの1人でも家に連れて来ることだってあるかもしれない。その時、ぼくはどうすればいいのか?
 気をきかせて席を外す? うん、多分そうなるだろう。1階の居間でテレビを見たりして時間をつぶしたり、ことによっては一晩中外出することだってするかもしれない。
 そしてガールフレンドが帰った後、ぼくは何食わぬ顔で部屋に戻り、同じく何食わぬ顔でたたずんでいる“彼”と顔を合わせるだろう。その時、ぼくはどうすればいい? 
 「彼女とはどうだった?」…なんて尋ねてはいけないことくらい、ぼくにだって分かる。多分、ぼくが気をきかせて席を外していたことすら話題に出してはいけないのだろう。ちょっと重たくて気まずい雰囲気が支配した部屋の中、あたりさわりのない日常会話からスタートさせて、いつものぼくら2人の関係に戻ってゆくのだと思う。
 でも、それにだって限度がある。第一ここまでの話は、“彼”の部屋には“彼”だけしかいないという前提で話をしている。その前提条件が、果たしていつまで続くというのだろう? 
 “彼”が、約束されたあの子と結婚したとする。多分、やんちゃな一人息子が生まれるだろう。三人家族は当然、この家じゃないどこか別の場所にある“彼”の部屋に住むことになるはずだ。でもその時、ぼくはどこにいたらいいんだろう?
 ……気になるのはそればかりじゃない。近い将来、ぼく自身が抱える“ロボットとしての限界”が大きな問題となって、ぼくたち2人の間に立ちふさがることになるだろうと思われるのだ。
 何度も言うけれど、ぼくはロボットだ。ロボットは、人間と違って成長というものをしない。学習機能がついていて、色々な知識や経験を吸収してはいくけれど、ベースにある部分はいつまで経っても変わりゃしないのだ。“彼”が成長していく様を、ぼくは根本的なところで理解できなかった。それはやっぱり、ぼくが“成長しない無機物”だからなのだろう。
 ぼくは元々、小学生までの子どもを対象にした“遊び相手をしてくれるお兄さんロボット”として設計され、売りに出されたロボットだった。そのため、ぼくは最初から「しっかりした14〜5歳程度の男の子」という精神年齢で思考回路がプログラミングされている。ある程度は年上でなくてはいけないけれど、あまり年齢が高すぎると、今度は子どもの遊び相手を務めるには不向きになってしまうから、というのがその年齢設定の理由だった。
 だから、“彼”がこの5年の間に大きな成長を遂げたにもかかわらず、ぼくは5年前のぼくのままなのだ。もちろん、ぼくには学習機能から得た5年分の情報があるので、いくら精神年齢14〜5歳といっても、人間の14〜5歳とはわけが違う。少なくとも知識の蓄積だけなら、人間の大人と遜色ないものになっているはずだと思う。でも、それはあくまで知識だけのものであって、ベースの部分で人格の成長があったわけじゃない。知識だけ大人になっていても、それはあくまで“とてもマセた14〜5歳の少年”であって、本当の意味で大人になったわけじゃないのだ。
 現に最近、ぼくが“彼”のことを「大人だなあ…」と感じることが多くなった。それは、ただ“彼”が成長したというじゃなくて、ぼく自身との比較で、ぼくよりも“彼”の方が大人びたように感じるようになったということだ。
 このままであと1年もすると、ぼくと“彼”との精神年齢は完全に逆転するだろう。そして、その差はずっと開く一方になってゆくはずだ。ぼくは“彼”の“お兄さん”から、やがて“よくできた弟”へ。そこまでは分かる。でも、それ以上先に進んだら、ぼくと“彼”の関係はどうなる? 今の時点で少なくとも分かることは、それは本来のぼくと“彼”の関係ではないということだ。
 ……10年後、“彼”は25歳。“彼”のそばには同い年の奥さん、そして生まれたばかりの赤ん坊。そんな3人が住む“彼”の部屋は、キャリアの浅い家庭特有の幸せそうなムードに満ち溢れているだろう。でもそこで、ぼくは何をすればいい?
 ……20年後、35歳になり、責任のある立場で仕事をする“彼”と、そんな“彼”を支える大人の女性になった同い年のあの子。2人の間の子どもは、ついにぼくと初めて出会った頃の“彼”と同じ年齢になる。でもぼくは20年前、“彼”のお兄さんだったあの頃のまま。そんなぼくに何ができる?
 ……40年後、“彼”は55歳。孫がいてもおかしくない年齢。でもぼくは……。
 …そんな中でただ1つ分かっていること。それは、どんな状況になっても“彼”は“彼”の部屋の中にぼくの居場所を作ってくれるだろうということだ。でもそれは、本当にぼくの居場所なんだろうか──?

 

 ……やっぱり、今が潮時なんだろう。まだギリギリのところで、ぼくと“彼”との関係が昔のままの均衡を保っている今こそが、ぼくが“彼”のもとを去る一番いいタイミングなのだと思う。
 明日、“彼”に告げよう。ぼくはそう決めた。
 その時、“彼”は驚くだろうか? それとも涙を流して悲しむだろうか? 
 ……そんなことを考えると、体中がしめつけられる思いがした。思考回路に重大な負荷がかかっている。
 でも、ぼくと“彼”はそうして別れないといけないのだとも思う。だって、ぼくと“彼”は親友なのだから。親友が別れる時は辛い別れと相場が決まっているじゃないか──

 

 間もなくして、ぼくの体の機械部分を冷やすためのファンが動き出した。調子が悪い時は人間のイビキに似た音を出すこのファンが回り始めてから30秒すると、ぼくはアイドリングモードに入るように設計されている。
 今日のファンは調子が良いらしい。これなら“彼”の勉強を邪魔することはなさそうだ。
 ぼくは思考を停止して、間もなくやってくる意識の遮断に備えた。最後に、ロボットがどんな悩み事を抱えていてもグッスリ眠れることに感謝しながら── (続く) 

 


 

5月11日(土) 競馬学概論
「90年代名勝負プレイバック〜“あの日、あの時、あのレース”(12)」
1995年全日本アラブ優駿/1着馬:キタサンオーカン

駒木:「さて、今週の競馬学概論は少し変わったレースを採り上げようと思うんだ」
珠美:「あら、園田競馬全日本アラブ優駿ですか !? 私たち兵庫県の競馬ファンには馴染み深いですけど、果たして他の地方の皆さんにとってはどうなんでしょう?(苦笑)」
駒木:「多分だけど、僕より年上(27歳以上)のコアな競馬ファンならば、間違いなくある程度の知識はあると思うんだけどな。それより年下の人になると、レースどころか『アラブって何?』って世界かもしれないけど(苦笑)」
珠美:「そうですね。もう中央競馬でアラブ系の競走が廃止されて久しいですし、ここで一度、博士からアラブ馬について簡単に解説して頂けますか?」
駒木:「はいはい。じゃあ、『アラブって何?』ってところからね。
 アラブ馬っていうのは、その名の通りアラブ…つまりアラビア半島原産の乗用馬でね。サラブレッドの三大始祖・ゴドルフィンアラビアンはアラブ馬じゃないかと言われてるし、サラブレッド牝馬の祖先にもアラブ馬がある程度いるんじゃないかとも思われているから、サラブレッドの遠い祖先みたいなものだね。現生人類と猿人みたいな関係と言えば分かりやすいかな。
 あ、ちなみにサラブレッドって言うのは、イギリス馬、アラブ馬、トルコ馬、ロシアや中央アジアの馬を交配させて競走用だけに特化して人為的に作り上げた“究極の雑種”だよ。名前は“純血=サラブレッド”だけど、実際は真逆(笑)
 競走用の雑種馬の中で、サラブレッド名簿に登録された馬をサラブレッドって言うんだ。意外と定義が曖昧なんだよね。
 おっと、話が逸れた。アラブ馬ね。アラブ馬はサラブレッドに比べるとスピードでは劣る。その代わり、スタミナが豊富で体は丈夫、おまけに人に従順だし環境の変化にも対応しやすい。スピード以外は全部サラブレッドよりも優れてるとも言えるね。
 で、ややこしい話なんだけど、日本の競馬で走っているアラブ馬は、正式にはアングロアラブ種なんだ。これはアラブとサラブレッドの雑種。アラブとサラブレッド双方の長所を取り入れようという試みの下で生まれた新種なんだよ。細かい話だけど、アラブの血が25%以上入っている馬がアングロアラブで、それ以下だとサラブレッド系(サラブレッドではないけどサラブレッドと酷似した馬)扱いになる。少しでもアラブの血が入ってるだけでO.K.だと際限が無くなるんで、一線を引いたわけだね。
 このアングロアラブ種は、スピードがほんの少しサラブレッドより劣るくらいで、扱い易さとかタフさとかは断然こっちの方が上。“世界標準”という事を無視したら、こちらの方が競馬に向いているとすら言える。
 だから特に、競馬文化が発展途上で競走馬が不足していた終戦直後の日本では、アングロアラブは随分と重宝されてきた。少ない頭数で競馬が開催できて、しかも連闘、連闘でいける。世界で通用する強い競走馬を作るよりも、馬券を売り上げて戦災復興資金を稼ぎ出す事が大事だったこの時期には、まさにうってつけの品種だったんだ」
珠美:「昔はサラブレッドよりも強いアングロアラブがいて、むしろアラブ競馬の方が盛んだったくらいなんだって、仁経大の講義で聞いたことがあります」
駒木:「そうそう。僕が生まれるずうっと前になるけれども、セイユウって強い馬がいてね。菊花賞トライアルのセントライト記念に出て、サラブレッド相手に勝っちゃった。出走資格が無かったんだけど、有馬記念のファン投票で上位に来た事もあったくらい。まぁ、当時は日本のサラブレッドが今と比べて弱すぎたって事もあったんだけれどね。
 今年に入っても、園田競馬のローカル重賞で、アラブがサラブレッド相手に完勝したりしてるよ。生産規模が縮小されて、セイユウ時代に比べて段違いに層が薄くなった今でも、アングロアラブのトップ級は弱いサラブレッドよりも段違いに強いはず。究極のレヴェルになると劣勢だけど、全く太刀打ち出来ないほどじゃないはずだよ」
珠美:「……でも、今ではアラブ競馬は絶滅寸前になっちゃってますよね。どうしてなんですか?」
駒木:「結局は世界標準じゃないって事だよ。アラブ競馬は、日本の他ではフランスとドバイで細々とやってるに過ぎない。サラブレッドが余るくらいに生産されるようになった今では、敢えてアングロアラブにこだわる必要が無くなったっていうのが実際のところじゃないのかな。放っておいても質の良いサラブレッドが集まってくる中央競馬と南関東競馬が真っ先にアラブ競馬を廃止したのがその証明と言えるかもしれない。
 例えば今日扱うレースを実施している兵庫県競馬(園田&姫路競馬場)は、少し前までは全レースがアングロアラブ競馬でね。サラブレッドが1頭もいなかったんだけど、それを逆に誇らしげに思っていた節すらあったんだ。だけど、中央と地方の交流競走が始まった後は、『サラブレッド競馬をやらないと孤立化する』って言うんで、サラブレッドの導入と段階的なアラブ競馬の廃止を決定してしまった。今日扱う全日本アラブ優駿も、果たしていつまで存続できるか分からないんだよね。
 でもその逆に、徹底的に経営をスリム化して、アラブ系競馬だけで独立独歩の道を歩む福山市競馬みたいな所もある。最終的にアラブ競馬は、今のばんえい競馬みたいな規模になって、文化遺産のように細々と存続していくんじゃないかと思っているよ」
珠美:「……なるほど、分かりました。ところで博士、今日はアラブ系競馬の中でも、どうしてこのレースを採り上げることにしたんですか?」
駒木:「うん、いい質問だねぇ。……なんか教育TVみたいなノリだけど(笑)。
 えーとね、まぁ、このレースが純粋に面白かったって事もあるんだけど、この年の全日本アラブ優駿が、ある意味で“全日本”と言える最後のレースだったからって事も大きいかな。まぁ、それはまた後で詳しく解説する事にするよ」
珠美:「…分かりました。それでは、今回からレースの出走表をお見せする事にしました。これで、より講義が分かりやすくなるんじゃないかと思います」

第34回全日本アラブ優駿 園田・2300・ダ

馬  名 騎 手
ドリームウッド 田中道
イチヤ(高知) 花本
ヒロタケテンプー 岩田
ムーンリットガール(中央) 武豊
グレートマルゼン(荒尾) 牧野
オーキッドグレイド 小牧毅
フェイトスター 尾林
タッチアップ(福山) 荻田
キタサンオーカン 小牧太
10 シャンデリアブルー 尾原
11 ミマツタイトル 山口
12 スマノカルダン(福山) 片桐

駒木:「う〜ん、今日のレースは出馬表を出しても出さなくても、ほとんどの人にはチンプンカンプンかもなぁ(苦笑)。まぁ、仕方ないかな。
 …じゃあ珠美ちゃん、改めてレースと有力馬の紹介をお願い」
珠美:「ハイ。このレースが行われたのは1995年の6月7日でした。本来は5月に実施するレースなのですが、阪神・淡路大震災のため1ヶ月順延しての開催となりました。
 この全日本アラブ優駿は、もともと1962年から兵庫県所属限定の重賞競走・“楠賞”として施行されてきたレースを、1973年の第12回から全国交流にグレードアップして現在の名称に変更したものです。後には中央競馬所属馬も交えて、まさに“アングロアラブの日本ダービー”として、アングロアラブ競馬の中でも極めて重要な地位を占めるレースとなりました」

駒木:「あ、あとこのレースには可笑しなジンクスがあってねぇ。『全日本アラブ優駿の勝ち馬の馬番か枠番が、日本ダービーの1着か2着の馬番か枠番に連動する』っていうのがあった。今から考えたら随分といい加減なジンクスなんだけど、当時は10年くらい続いてたのかな。だからスポーツ紙や軟派な競馬専門誌なんかでは、採り上げられたものさ。
 もっとも、この年は施行時期がズレてたから、日本ダービーの方が先だったけどね」
珠美:「……それでは有力馬の紹介なんですけど、博士、単勝人気の資料が無いんですけど、どうしたんでしょうか?」 
駒木:「あー。この時期の園田はまだ馬連導入前で、しかもマークシート式の馬券販売が始まったかどうかの時期でねぇ。発売窓口の大半は枠番連勝専用の口頭販売窓口だったんだよ。『2-5、2-6、100円ずつ』って具合に馬券を買ってた。
 だから単勝馬券を買える窓口はほとんど無くて、売上も1レースあたり数万円から10数万円がせいぜい。これじゃあ、“単勝人気=有力馬”ってわけにはいかなくてね。有力馬は専門紙の印や枠連のオッズを参考にするしかなかったんだ」
珠美:「……なるほど、そうなんですか。じゃあ、どうしましょうか? それだったら博士に直接解説して頂いた方が良いような気がするんですけど…?」
駒木:「あぁ、じゃあそうしようか? なら、まず地元兵庫の馬からね。
 まず、断トツで最有力候補に推されていたのが、6枠7番のフェイトスター。この馬は牝馬なんだけど、その年の春の重賞戦線を総ナメにしていてね。中央競馬で言うところの皐月賞と桜花賞・オークスにあたる2つの重賞レースを圧勝していた。全国からの“刺客”が相手でも、まず連対は外さないんじゃないかと言われていたんだ。
 あとは数段ランクが落ちるんだよね。そりゃ、主要レースを全部フェイトスターにヤラれていたんだから当たり前なんだけれども……。
 そうだなぁ、あとはここまで格下相手に実績を積んできた裏街道組ばかりだね。7戦5勝3着2回、負けたレースは出遅れが原因だったっていうキタサンオーカンとか、中央競馬で言うところの抽選馬にあたる補助馬限定のレースからのし上がって来たヒロタケテンプーとかね。あと、ギリギリでオーキッドグレイドあたりも2着候補の1頭だったかなって程度」
珠美:「牝馬が地元のエースで大本命馬っていうのって、よく考えたら凄いですね」
駒木:「だね。まぁこれは牝馬限定のレースが未整備だったがゆえに自然発生した現象とも言えなくも無いけどね。中央競馬でも、桜花賞とオークスを廃止して、それを合同したようなレースをNHKマイルの位置に持ってきたら、こういう事が起こるかもしれないよ」
珠美:「それはそれで寂しい気もしますけどね(苦笑)。では、他の地区からの遠征馬についてお願いします」
駒木:「うん。この年は関東と北海道からのエントリーが無かったんだけど、その代わりに中央競馬から武豊騎手を伴っての挑戦馬が現れて、かなりの盛り上がりを見せたんだよ。
 ただ、この時期になると、アラブ専門で競馬をやっていた一部地区以外のアラブ競馬は衰退の一途でね。いくら他の地区で無敵の快進撃を続けようとも、ここに来ると見劣りする馬も少なくなかった。
 まず高知イチヤだけど、もともと地区的にランク下位の上にそれほどずば抜けて強い馬じゃなかった。だから完全にノーマークだったね。
 次に荒尾グレートマルゼン。荒尾も格下の地区なんだけど、この馬はここまで確かデビュー以来9連勝でやって来ていて、ちょっとした人気にはなっていた記憶がある。同枠にオーキッドグレイドもいたし。
 福山の2頭の内、注目されたのはタッチアップ。元々福山市競馬兵庫県競馬より若干見劣るランクなんだけど、時々バケモノみたいに強い馬が出てくることでも有名でね。このタッチアップは前走、園田に遠征して地元馬相手のトライアルレースを勝っていて、新たな“怪物候補”として名乗りをあげていた。当時のコアなファンの間では、昭和時代の福山競馬を代表する名馬・ローゼンホーマの再来か、だなんて噂されていたものさ。もう1頭のスマノカルダンは、残念ながら力が足りない印象だったね。
 で、問題は中央競馬・あの栗東は森厩舎ムーンリットガール。中央競馬のアラブ競馬は、実はこの年の秋限りでの廃止が決まっていて、絶滅寸前の様相だったんだ。さっき、『これがある意味で最後の“全日本”』って言ったのもそういうわけ。1年辺りの入厩馬総数も、ほとんど牧場の売れ残りで構成された抽選馬だけの数十頭で、もう色んな意味でギリギリだったわけ。
 ところがこの馬は、そんな悲惨な状況の中に現れた最後のスターホースだった。デビュー以来、アラブ相手では負け無し・完勝ばかりの5連勝。それだけじゃなくて、サラブレッド相手でも府中3歳S(現:東京スポーツ杯3歳S《G3》)では掲示板に載る5着オークス指定オープンのスイートピーSでも8着に健闘したんだ。
 もはや中央のアラブには敵無し。サラブレッド相手にも互角にやれる事も証明した。あとはもう満を持しての“地方競馬挑戦”のみだったんだね。サラブレッドで言うところの海外挑戦みたいなものさ。
 ただ、この馬はこれがダート競馬初挑戦。しかも砂の深い園田のダートだ。果たしてそのダート適性がどうなのかってところに最大の焦点が置かれていたんだよ」
珠美:「地方競馬に“挑戦”するってところが、新鮮な響きですよね。それに、わざわざ乗り換えてまで武豊騎手を起用したんですよね。なんだか、本当に森厩舎の海外G1レース挑戦みたいなお話ですね(微笑)」
駒木:「武豊騎手はこの時が園田初騎乗。これもレース展開の伏線になるから、よく覚えておいてよ。
 ……じゃあ、時間もオーバー気味だし、レースの回顧に移ろうか。珠美ちゃん、よろしく」
珠美:「…ハイ。スタートはほぼ揃ってはいたんですが、フェイトスターが若干立ち遅れ気味になりました。…これはどうだったんでしょう?」
駒木:「まぁ、フェイトスターは元々差し馬だからね。多少の出遅れは気にならなかったんだけど、後から考えると、この出遅れが最後に響いたのかもしれない。まぁ、それは後の話だね」
珠美:「ハナを切ったのはムーンリットガールでした! 敢然と先頭に立ってリードを広げてゆきます。その後ろの先行グループにタッチアップ。そこからさらに遅れてキタサンオーカンとオーキッドグレイドが中団。フェイトスターはその集団を後ろからマークする形で10番手辺りを追走していました」 
駒木:「ムーンリットガールのスピードは、サラブレッド相手でも平気でハナ切るほどだったからね。ここでも逃げるだろうと思われていた。でも、ここからが凄かったんだよね」
珠美:「ハイ、そうです。ムーンリットガールはスピードに乗ったまま、グングンと後続との差を広げていって、最大リード20馬身以上の大逃げになってしまいました」
駒木:「この時、僕は現場にいたんだけど、まさに場内騒然。園田競馬でこんな大逃げが試みられた事は長らく無かったからねぇ。普段は動じない年配客も、この時ばかりは素で驚いていたよ(笑)。
珠美:「1周1000m(当時)の園田競馬場を2周と1/4回るこのレース、ムーンリットガールが依然大逃げを打った状態のまま、最終周回の向正面に差し掛かりました。小回りで直線の短い競馬場ですので、勝負所が向正面なんですよね。
 最大20馬身あったリードですが、ここにきてタッチアップが進出して来て、差が7〜8馬身くらいまで縮まってきました。後続の園田勢も進出を開始します。
 そしてコーナーを回って直線入口。ついにムーンリットガールの脚が止まってしましました。替わってタッチアップが先頭に立ち、そこへ園田勢が怒涛のように押しかけてきます。
 ……えーと、博士、ムーンリットガールはどうしちゃったんですか? やっぱりダート適性と地力の不足だったということだったんでしょうか?」

駒木:「あー、珠美ちゃん、武豊騎手のファンだから気になるのかな?(ニヤリ)」
珠美:「え、あ、いえ、そ、そんな理由じゃありませんよ!(赤面) 純粋な、純粋な疑問ですよ、全くもう。講義の時に博士、何言うんれすか……って舌もつれてるしー!(半泣)」
駒木:「あー、はいはい。これ以上イジめたら珠美ちゃんのファンから殺されるから止めておこうね(苦笑)。
 そうだねぇ。大体は珠美ちゃんが言った通りだと思うよ。
 でも、ちょっと気になるところもある。レース後に武豊騎手が『自分の中では決して早くないペースで逃げているつもりだったんですが』ってコメントを残していたんだけど、一方の小牧太騎手は『前の馬はペースが速過ぎたので、必ず止まると思っていた』ってコメントしてるんだ。
 さっき言ったようにこの時、武豊騎手は園田競馬に初めて乗ったんだよね。しかも2300mのレースなんて年に数回しかないレアな条件なんだよ。だから、武豊騎手がペース感覚を読み違えて、結果的に暴走しちゃったって考えてもおかしくないだろうね。弘法も筆の誤り、武豊もペースの誤りってところさ」
珠美:「……はぁ、あの武豊騎手でもミスするんですねー……って、これは純粋に武豊騎手が元々上手い騎手だということから喋ってるんですからね!(赤面)」
駒木:「了解了解(苦笑)。もうイジめないからレース回顧に戻ろう。最後の直線の攻防がまだなんだ」
珠美:「──あ、失礼しました(苦笑)。最後の直線、ムーンリットガールが脱落して、先頭に立ったのがタッチアップでしたが、その外からキタサンオーカンとオーキッドグレイドが一気に伸びてきます。フェイトスターも大外から脚を伸ばすんですが、脚色が同じになってしまいました」
駒木:「ここで始めの出遅れが響いた形になっちゃったよね。まぁ、本来ならこういう不利な位置からでも格好はつける馬なんだけど、やっぱり大一番だけあって、他の馬の仕上がりも万全だったんだろう。最後まで前が止まらなかったね。敗因を探ればそういう事になるのかな。」
珠美:「結局、キタサンオーカンが鮮やかな差し切りで優勝。2着にオーキッドグレイドがなだれ込んで、兵庫県所属馬、曾和厩舎所属馬、そして小牧兄弟のワン・ツーフィニッシュという劇的な結果になりました」
駒木:「レース的には劇的だったんだけどねえ……。馬券的には大本命の6枠がトんで、何とも言えない雰囲気になっちゃったよ(苦笑)」
珠美:「(苦笑)。以下の着順は、タッチアップが3着でふ、フェイトスターはまさかの4着。ムーンリットガールは結局7着に終わりました。
 では博士、最後に出走馬たちのその後をどうぞ」

駒木:「1、2着馬は、その後故障もあって大成しきれなかった感じかな。タッチアップも活躍はしたけど、“怪物”と呼ばれるには今ひとつの成績だったかも知れない。
 ただ、フェイトスターは凄かった。その後、同一重賞3連覇を果たして、獲得賞金も1億円を突破。そうだなぁ、中央のサラブレッドで言えばエアグルーヴみたいな活躍をして引退したよ。
 もう1頭の主役・ムーンリットガールは、その後も中央でアラブ競馬で圧勝する傍からサラブレッドにも挑戦していった。サラブレッドG1のスプリンターズSに出走(16頭中14着)するなどして話題を集めたよ。翌年からは笠松競馬に移籍して挑戦を続けたんだけど、早熟だったのかな、もうかつての輝きは見られなかった。残念だね」
珠美:「ハイ、ありがとうございました。いよいよ来週からオークスとダービーですね」
駒木:「うん。ただ、ダービーの方は、僕のプライベートな事情から日程調整が難しくてね。ひょっとしたら予想ではなくてプレイバックになるかもしれないけど、それはまた追ってお知らせするよ。
 それでは、今日の講義を終わります、長い間ご苦労様でした」

 


 

5月10日(金) 現代社会学特論
「椎名林檎、高らかに現役復帰!(14)」

 実際に講義が皆さんの目に届くのは同じ時刻になるのかもしれませんが、形式的には振替講義という形になります。バカ正直に書きますが、現在11日の15時34分です(もっとバカ正直に書きますが、書き終えたのは12日の0時30分でした)一度研究室から自宅へ引き上げた後、また4時間ほど寝てしまいました。これだけ寝られるなんて、
 「ひょっとして、死ぬ寸前?」
 …とか思ったりしますが、いえいえ、少なくとも林檎さんの「唄い手冥利〜其の壱〜」(念のため繰り返しますが5/27発売です)を聴くまでくたばってられません。エネルギーも充填できましたし、気合の入った講義をお届けしたいと思います。

第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回(事故で消失しました)第9回第10回第11回第12回第13回

 前回は『本能』とマキシ盤『幸福論』の同時発売&セールス大健闘のお話をしていたところで時間切れとなったのでしたね。
 それでは早速、その続きから講義を進めていきましょう。

 デビューから1年余りにして(シングルの)ミリオンアーティストの仲間入りを果たした林檎さんは、その年の秋、恐らく最初で最後となる学園祭ツアー「学舎エクスタシー」に出陣します。
 通常、学園祭ツアーとは、スマッシュヒットを出し、若者の間の知名度が漸くほぼ全国区に至ったような、“ブレイク寸前”のポジションにいるアーティストたちがするものです。そこで更に知名度を高め、“学園祭の女王”という、女子プロレスで言うところのオールパシフィック選手権みたいな、どこまで評価して良いんだか分からない箔を付ける事を目標に全国を回るというわけなのですが──
 …確かに、この年の上半期、学園祭ツアーのブッキングを受けた頃の林檎さんならば、ちょうどこのポジション(のトップクラス)にいたと言えるでしょう。しかし、林檎さんはそれからわずか数ヶ月でそのポジションをアッサリと乗り越えてしまいました。ハッキリ言って、当時の林檎さんと学園祭は場違いの“営業”になってしまいました。
 こうなってはもはや、学園祭の一イベントというよりも、美空ひばりがおらが村の公民館にやって来たようなモノであります。結果、一般向け用であるチケットぴあ発売分の入場券は新春デパートの福袋のように瞬殺となりました。
 ちなみに駒木もこの時のチケット争奪戦に失敗。これに反省し、それ以後のコンサートツアーで有利に事を進めるためにファンクラブ入会を決意するのですが、その末路はこちらにある通りです。いやはや。

 …そして当日の会場前には、「林檎のチケット余ってませんか」などといったプラカードを持った林檎ファンが終戦直後の街娼の様に立ち尽くし、その脇をボンテージや看護婦コスプレのコアなファンが練り歩くという、まさに世も末な光景が広がっていました。ちなみにその日の状況をレポートした某音楽専門誌にはこんな一文が。
 「プラカードを見ると、さすが椎名林檎ファン。しっかりと漢字で『林檎』と書かれてあった」
 他に見る所あるやろ! お前は往年のジョー樋口か!……などとツッコミを入れたくなったのを記憶しております。あれから2年半、あの文章を書いたライターさんは、今でも文章でメシが食えているのでしょうか。

 ともあれ、この学園祭ツアーは大成功。予算の都合のためか、バックバンドをプロミュージシャン中心の“虐待グリコゲン”からセミプロ中心の“天才プレパラート”に切り替えたこのツアー、当初は技術的な不安も囁かれましたが、それも杞憂に終わったようでした。

 この年はその後も、バースディ・ライブの実施や、タイトルがエロビデオみたいで買いにくいビデオクリップ集・『性的ヒーリング・其の壱』の発売など、精力的な活動を続け、非常に充実した1年となりました。それが1999年という、何かと曰くのある年であった事も、いかにも林檎さんらしかったかもしれません。

 そして年が明けて2000年。ミレニアム気分に正月気分が加わった奇妙な高揚感が漸く抜け去ったばかりの1月26日、待望のニュー・シングルが発売となりました。
 前回に引き続き、今回も2枚組。「せめて2ヶ月連続リリースにしようよ〜」という穏健派のファンの声をよそに、東芝EMIは、まるで日活ロマンポルノで団地妻めがけて突進する酒屋アルバイトの青年のような勢いで攻めまくります。

 識別番号上、6thシングルとなるのが『ギプス』。力強いピアノの旋律が印象的なこの曲は、「林檎さんが全力でラヴソングを歌ったらこうなるのか」というような圧巻の1曲。感情移入して聴いているうち、自然と涙がこぼれて来て止まらなくなった方も随分といらっしゃるのではないでしょうか。週間オリコンランキング最高3位で、累計売上枚数は71万枚。
 そして“双子の妹”にあたる7thシングルは『罪と罰』。林檎さんが最も尊敬するアーティストの1人、“Blankey Jet City”の浅井健一氏がバックバンドの1人としてゲストプレイするという、林檎さんの「売れっ子になって良かった〜」という心の叫びが聞こえてきそうな贅沢な1枚となりました。こちらは週間最高4位で、売上は54万枚余り
 2枚の合計売上は125万枚強で、これは前回の2枚同時リリースの時(『本能』100万枚、『幸福論』26万枚)と遜色ないもの。ミレニアムイヤーを迎えても椎名林檎健在をアピールするには充分な数字と言えるでしょう。

 しかし、CD売上の数字上は全く変わった印象を見せない林檎さんですが、発表する楽曲の中身は、この頃から徐々に変わっていったように思えます

 これまでも林檎さんの作る楽曲は、これまでの売れセンの曲──所謂“耳ざわり”の良い曲──とは一線を画したモノであったことは繰り返し述べてきました。が、それでも最低限の暗黙の了解というか、“本格的な音楽ファンじゃない人も含めて、なるべく多くの人に聴いてもらえるように”という意図が楽曲に込められていたように思えたのです。
 しかし、この『ギプス』と『罪と罰』の辺りから、そういった“縛り”からも脱却して、“手加減抜きの椎名林檎”を叩きつけるような楽曲が増えてきたように思えます。
 2枚のシングルはいずれもA面+カップリング2曲の構成。どちらもカップリングの内の1曲はカヴァー曲で、もう1曲が全文英詩のオリジナル曲でした。
 A面にしても『罪と罰』の方は、これまでになく“手加減抜き”な曲でありましたし、2曲のカヴァー曲は片方が洋楽(往年の名曲『君ノ瞳ニ恋シテル』)で、もう片方がザ・ピーナッツの『東京の女』突っ走りまくり全文英詩の曲に至っては、既にJ-popの範疇を逸脱していると言えるモノでした。
 ただ、これがクオリティの低下に結びついたわけでは有りませんでしたし、売れた方のA面『ギプス』は、これまでの林檎さん的楽曲でしたので、この“異変”に気付く人はそういなかったように思えます。『本能』から微妙に落ちたセールスが“一見客”の減少を浮き彫りにしていたとしても……。

 その微妙で大きな“異変”をファンの多くが嗅ぎ取る事になったのはそれから2ヵ月後。
 今なお、椎名林檎さんのCD売上の中で最多売上枚数を誇る2ndアルバム・『勝訴ストリップ』が発売され、それをファンたちが嬉々としてCDプレイヤーにセットした時、“手加減ナシの椎名林檎”がどういうものかを知らされることになったのです……。次回へ続く

 


 

5月9日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」(5月第2週分)

 さて、不安定な環境で申し訳ありませんが、講義はちゃんと実施します。しかも今週はちょっとした特別企画付ですので、どうぞお楽しみに。

 まず情報系話題から。「ちゆ12歳」さんからリンク貼られていたんで皆さんご存知かもしれませんが、「探偵ファイル」さんの、「週刊少年ジャンプ」のアンケートについての話が興味深かったので、こちらにも要旨を書きたいと思います。

◎「週刊少年ジャンプ」の発行部数は250万部(推定)。その内、アンケート葉書が返送されてくるのは約2万通(発行部数の約0.8%)。

◎しかし、その中でいわゆる「人気投票ランキング」に反映されるのは5000〜8000通。

◎なぜそれだけしか反映されないのかと言うと、ランキング集計の都合上、発売週の火曜日(公称の発売日当日!)までに届いた葉書のみで集計してしまうから。

◎新連載作品の場合、第1回で最下位になると、即刻打ち切り確定の場合も……

◎大御所作家の作品(『こち亀』、『ジョジョ』、『ROOKIES』、『H×H』)は、アンケートと打ち切りが原則として連動しない。特に『H×H』は休載が多すぎて正確なアンケートが取れない(笑)という理由もある。

◎人気上位の作品も5作品ほど固定されているため、実質は約10作品で打ち切りになる2〜3作品を争っていることになる。

 ……まぁ、ビデオリサーチの視聴率調査とかと比べると、まだまだ精度の高そうな標本調査という気がしますが、遠隔地だと速達で出さない限り“参政権”が無いというのは正直言って不公平感が否めませんね。

 しかも、どうやら人気上位常連作品以外は得票数3ケタの争いらしいんで、組織票が有効そうなんですよね。
 なので、打ち切られそうなマンガが好きな人たちは、署名運動とか地道な活動するよりも、毎週月曜日の朝に「ジャンプ」買って、即アンケート葉書をポストに突っ込んだ方が早いような気がします。
 ……なんか、頭抱える『ライジングインパクト』ファンの人が一杯出てきそうなニュースをお送りしました(笑)。

 さて、それではレビューに移ります。今週は「ジャンプ」が合併号で休みですので、本来は「サンデー」のレビュー対象作2作品だけなのですが、ちょっとした特別企画を用意しました。それは…
 「赤マルジャンプ2002年GW増刊」全作品レビュー
 ……です。将来の連載作家予備軍が作品を発表する増刊号に目を向けて、ブレイク寸前の才能を発掘するという企画です。
 ただ、全作品をいつものノリで解説してると、時間もスペースも足りません。ですので、ある程度大雑把なレビューになりますが、これはご勘弁願いたいと思います。

 レビュー文中の7段階評価の表はこちらから。

☆「週刊少年サンデー」2002年23号☆

 ◎新連載『鳳ボンバー』作画:田中モトユキ

 つい最近まで『リベロ革命!!』を連載していた田中モトユキさんの新連載が早くも登場です。前作はバレーボールマンガでしたが、今回は野球マンガで登場です。

 この作品は、2000年50号に掲載された、ほぼ同名の読み切りを連載作品にアレンジしたものになりますね。
 読み切りの時はまだ『リベロ──』を連載中で時間に制約があったようで、プロットを練り込んだ作品ではなく、単純なストーリーを高いテンションで押し切った作品でした。総合評価云々は別にして、実に爽快な作品だったのを記憶しています。

 そして今回の作品ですが、読み切り時代からのテンションの高さに加えて、ある程度は設定やストーリー的な厚みも加わり、キッチリと連載に耐え得るような作品にアレンジ出来ています。この辺りはさすがですね。

 それと前作の『リベロ──』の時も感じたのですが、この田中さんは、一見手垢が付いている題材から、見事にスキ間を突いて来るのが非常に上手なんですね。あ、これは褒め言葉ですよ。
 野球マンガというのは、もう戦後すぐから生まれた息の長いジャンルでして、それだけあって色々な設定の野球マンガが書き尽くされた感があります。第一、このジャンルの御大である水島新司さんが、片っ端から破綻ギリギリの設定でマンガを描きまくっていますし。今週の『野球狂の詩・平成編』なんて、勝ち投手が70代の岩田鉄五郎で、セーブが更年期の水原勇気ですからねぇ。
 で、この作品も『あぶさん』によく似た設定ではあるんですが、微妙にピントをズラしていて“類似品”という印象を与えません。“中学生でドラフト1位指名+父親と同じチームでプロ入り+進学校で高校生と兼業”という設定が、これまで有りそうで無かったからでしょう。

 さらにもう1つこの作品の良い所を挙げると、“心地よいバカさ加減”といったところでしょうか。
 駒木は原則的に“おバカさん系”の話は評価を下げるんですが、それは大抵の場合、演出力が不足している作家さんが、その弱点から逃げるためにそうしているからなんですよね。
 演出力がある人が正々堂々バカをやれば、やっぱりそれは面白いわけです。特にこういうタイプの作品はマンガにしか出来ないもので、他の媒体でやるとウソっぽくなってしまうんです。だから余計に貴重かと。

 ……なんか褒めまくりですが、短所が見当たらないから仕方ありません。敢えて言うなら、主人公の名前(鳳啓助)は狙いすぎのような気がしますけどね(笑)。
 評価はとりあえずA寄りのA−と言う事で。

 

 ◎新連載第3回『史上最強の弟子ケンイチ』作画:松江名俊《第1回掲載時の評価:B

 さて、連載第3回の後追いレビューです。

 3回目まで読んで、なんとなくこの作品のコンセプトが見えてきました。
 この作品、色々なゲストキャラや準レギュラーキャラが出てきますが、実質上は主人公とヒロインの2人だけの世界ですね。この2人を動かしていくために事件を起こしたり他のキャラを出してきたり……という感じです。
 さらにもっと言ってしまうと、どうもストーリー云々も、主人公が格闘技を身に付けて強くなっていくという本来のテーマも実はどうでも良くて、ヒロインの萌え要素を特に強調してマニア層(というか御宅族)のファンを惹きつけてしまえばヨシ! ……という意図が見えてくるんですが、コレは駒木の邪推なんでしょうかね?

 まぁ、そういう路線もアリだとは思うんですが、しかし他誌や「サンデー」の中でも萌えキャラのライバルは非常に多いのが現状です。しかも他誌の萌え系作品は複数ヒロイン制で、こちらは現状単独ヒロイン制。お色気インパクトの上でもやや弱いかもしれません。それに、このノリで週刊連載を続けていく上で、果たしてワンパターンに陥らないだろうかという懸念も生じます。
 厳しい事を言ってしまうと、これまで競争相手の少ない月刊増刊という環境で、ある意味温室育ちになっていたツケが、もうしばらくすると回ってくるような気がしてなりません。
 「サンデー」は長期連載が前提ですから、あともうしばらくの内に、いかに大きなインパクトを与える事が出来るかがカギになっていくでしょう。
 しかし、読んでいて不快感を与えない及第点以上の作品である事も確かです。評価はBで据え置き。とりあえずは「サンデー」の華一輪、といったところでしょうか。

◆特別企画:「赤マルジャンプ」完全レビュー◆

 ……というわけで、特別企画のスタートです。
 あ、“完全レビュー”と銘打っておいてナンですが、週刊連載作家さんたちによる番外編特集はレビューから除外します。評価する性格の作品ではないと思いますので……。

 ◎読み切り『翼人機ゼロイド』作画:岡野剛

 真倉翔さんとのコンビを解消して苦戦の続く岡野剛さんですが、今回もやはり持ち前の話作り力の無さがモロに出てしまっているかな、と。
 上手い絵と明るいノリで誤魔化そうとしてますが、説明的セリフのオンパレードはどうにかして欲しいです。岡野さんのキャリアの長さから考えたら、これはどうにかしないといけない課題だと思うんですが……。
 しかし、根本的な力量差は歴然なのに、同じような問題点を抱える『キメラ』(作画:緒方てい)よりもスッキリしているように見えるのは気のせいでしょうか?(苦笑) 緒方さんは個々のポイントでの演出力が高いために余計アンバランスな印象を受けるのかも知れません。下手なら下手で、岡野さんみたいにとことん下手に描けば良いってことなんでしょうかね? 
 評価はB−寄りのB

 

 ◎読み切り『逸者〜HAGUREMONO〜』作画:武藤健司

 今冬に発売された前号の「赤マルジャンプ」でデビューを飾った新人作家・武藤健司さんの2作目です。
 ストーリー的には及第点なのですが、画力がアクションシーンに追いついていないのが致命的です。これでは高い評価が出来ようがありません。
 また、重要サブキャラの子ども人魚(♂)も、どうにも作品の世界観を下手にブチ壊している気がして、違和感を感じてしまいました。とりあえず画力の向上が必須条件です。評価はB−

 

 ◎読み切り『CRIME BREAKER !!』作画:田坂亮

 1年前の「赤マルジャンプ」冬号で、原作付のマンガ担当としてデビュー、これが実質デビュー作となる田坂亮さんの作品です。最近、『NARUTO』の岸本さんの所でアシスタントを始めたようです。
 しかし、一言言いたい。
 「アンタ、アシスタントしてる場合ですか!」
 早いトコ、企画書とネーム上げて連載持ちなさい、連載を。
 絵は完全に新人離れしている美麗さ。現在のジャンプ連載陣に混じっても、間違いなく上位にランクされるでしょう。
 ストーリーも、一見難解に見えてギリギリの所でそうさせないバランス感覚が秀逸。思いがけないところが演出上の伏線になっていたりと、実に心憎いばかりです。
 この作品読むためにこの雑誌を買う価値あり。10年に1人とは言いませんが、少なくとも2年に1人の逸材です。評価は期待料を込めて正真正銘のAを進呈。あ、でも「コミックバンチ」に出してりゃ5000万貰えたのにね(笑)。

 

 ◎読み切り『SANTA!―サンタ―』作画:蔵人健吾

 7年前の95年に「月刊少年ジャンプ」のマンガ賞で受賞し、3年のブランクを置いてから赤塚賞で佳作を受賞。その後は主に増刊で、時には週刊本誌で読み切り作品を断続的に発表している蔵人健吾さんの新作です。
 絵もストーリーも及第点以上。設定はかなりベタですが、それでもある程度はヒネリが効いていて、コテコテ感はありません。これだけの技量があったら連載を持ってもおかしくは無いと思えるのですが、1つだけ致命的な欠点があります。多分大成できないのもその辺りに原因があるのかと。
 その欠点とは、「ネームの不味さ」セリフの端々に違和感があるんですよね。
 どういう違和感かと言うと、この人はセリフをト書きの要領で書いてしまうんです。
 例えばト書きで、
 ──彼らは、古代から伝説に残る「神の使い」と呼ばれる者たちであった。
 …という文章があるとします。普通はこれをセリフにする時は少々砕けた表現にして、
 「彼ら、昔から言い伝えなんかで『神の使い』って呼ばれてる人たちなんだ」
 …ってしますよね。これでもちょっと堅いくらいですが。でも、蔵人さんはそう言う時でも、
 「彼らは、古代から伝説に残る『神の使い』と呼ばれる者たちなんだ」
 ってやっちゃうタイプの人なんですね。これが積もり積もって大損害になっているんです。
 もっと小説やら話作りの上手い作家さんのマンガを読んで勉強した方が良いと思います。そこを直せばもっとよくなります。評価はB−寄りのB

 ◎読み切り『ミイラカイザー』作画:イワタヒロノブ

 去年秋の手塚賞で準入選。その作品が前号の『赤マルジャンプ』に掲載されたイワタヒロノブさんのデビュー2作目です。
 しかし、端的に言うと不快な作品でありました。
 稚拙で中身のないストーリーを質の悪いギャグで誤魔化して、ドタバタの出来損ないのような作品になってしまっています。中途半端に歴史関係の本を1〜2冊読んで時代考証をやったフリをしているように思えるのも、その不快さを増幅される原因でしょうか。
 とにかく全てが安っぽい。これはいけません……などと中島誠之助のような口調で言い捨てたい気分です。評価はB−寄りのC

 

 ◎読み切り『monochro stroke』作画:瀬戸蔵造

 「少年ガンガン」出身の若手作家・瀬戸蔵造さんの卓球マンガです。「ガンガン」では野球マンガを描いていたそうですが……。
 絵に多少の稚拙さが目立ちますが、何とか範疇内。ストーリーは等身大の青春ストーリーと言う感じでなかなか爽やかな出来。しかし、「ジャンプ」らしくないな、という印象も受けてしまいました。どちらかと言えば「マガジン」、もしくは「スピリッツ」、「モーニング」的な作風でしょうか。
 評価はB+寄りのB

 

 ◎読み切り『呪いの男』作画:藤嶋マル

 今年1月期の「天下一漫画賞」の佳作受賞作。もちろん作者の藤嶋マルさんはこれがデビュー作になります。
 若干18歳の作品としては、かなりレヴェルが高いと言えるでしょう。重要なキャラクターほど魅力的に描かれているのところにセンスを感じます。
 話自体は「ジャンプ」系でよくある話に見えるのですが、その“定番要素”を上手く噛みあわせているので既視感を感じなくてすみます。ラストシーンへの持っていき方も無理なく出来ていてお見事。このまま才能を磨いていけば、立派な作家さんになれそうです。評価はB+寄りのA−

 

 ◎読み切り『泥棒ネコライフ』作画:夕樹和史

 去年夏の「赤マルジャンプ」でデビューを飾った夕樹和史さんのデビュー2作目。
 ミもフタもない言い方ですが、八神健さんの“廉価版”的な作風なのが気になります。画力もまだまだですし、さらにギャグなのかコメディなのか分からない中途半端なプロットも問題ありです。まだまだマンガの何たるかを判っていない感じがします。もっと修行して出直してきて下さい、といったところでしょうか。評価はB−

 

 ◎読み切り『神斬蟲―かみきりむし―』作画:小涼おぐり

 昨秋の手塚賞佳作受賞者・小涼おぐりさんのデビュー作になります。受賞作とは別作品ですので、受賞後第一作にもなりますね。
 ん〜、どうも“典型的な「ジャンプ」系作品”という印象しか浮かんでこないんですが……。多分、徹頭徹尾、「ジャンプ」の読み切りでステレオタイプな展開を続けてしまった結果なのだと思います。何か、編集者の意向が大分反映されている気がしますね。
 デビュー作にしてはなかなかの出来だと言えますが、この雑誌の中ではインパクトが薄くなってしまった感があります。評価はB

 

 ◎読み切り『STAND BY ME』作画:中山敦支

 99年に手塚賞で最終候補となった後、しばらく雌伏の時を過ごして、このたび“スカウトキャラバン”出身作家としてデビューした中山敦支さんのデビュー作。
 絵は今風にかなり洗練されていてナカナカなものなのですが、ややストーリーが強引だったかもしれません。ヤマ場の展開が読めてしまいますし、『ワンピース』であったパターンでしたしねえ……。
 クライマックスの展開もかなり強引かと。“本気で人を好きになる”という瞬間が描ききれてないのは残念でした。評価はB寄りのB−

 

 ◎読み切り『ライジングインパクト〜succeed to the force〜』作画:鈴木央

 待望の続編兼番外編なのですが、かなり確信犯的にコテコテの勧善懲悪モノにしてしまいましたね
 主要キャラもほとんど出てこないままでしたし、なんだか“連続アニメの中途半端な映画化作品”を見ているような気がしてなりませんでした。
 これでは『ライパク』ファンはガッカリですし、そうでない人にとっても中途半端な駄作。せっかくの機会がこう言った形で終わってしまったのは残念でした。評価はB寄りB−

 

 ◎読み切り『抱きしめて! ベースボールラブ』作画:セジマ金属

 代原でもお馴染みの、新人若手コンビによるギャグ作品です。
 課題山積ですが、以前よりは大分良くなった気はします。ギャグマンガっぽくなってきたかな、という印象。ただ、どうにも「少年サンデー」みたいな作風になっちゃいましたね
 評価はB−

 

 ……ふう。やるんじゃなかった、こんな企画(苦笑)。長々とお送りしましたが、今日の講義はこれで終わらせて頂きます。

 


 

5月7日(火) 労働問題
「新薬臨床検査アルバイトの参加者続々」

 今日の講義はまさに取って出し、自転車操業での講義になってしまいました。クオリティに自信が持てませんが、どうかお手柔らかに。

 ……さて、今更ながらのお話でありますが、今、日本は不景気の真っ只中にいます
 もっとも、ここ10年近くずっと「不景気だ、不景気だ」などと言われており、もうすっかり慣れっこになってしまった感は否めません。
 しかも、その直前まではバブル景気という、好景気と言うよりも“祭りだワッショイ”的な状況でしたので、もう我が日本はここ20年以上、マトモな好景気というものを体験していないことになります。
 駒木の世代など、「好景気から想像するもの」と言われても、バブル時代にジュリアナ東京でボディコン姉ちゃんたちが駆け出しの頃の藤井隆みたいに踊り狂っていた情景しか目に浮かんで参りません。

 ただ、少年時代と青春のほとんどを不景気で過ごした駒木にとっても、ここ1〜2年の景気の悪さと言うものは、直に肌寒さが感じられるような深刻なものに思えるようになって来ました

 なにしろここ最近というもの、辺りそこらの店が潰れまくっています。

 コンビニ昔ながらの商店が、いつの間にか携帯電話ショップに変わっていたり、その携帯電話ショップが今度は金券屋に変わっていたりします。
 しかし、まだそうやってテナントが次々と入れ替わるのはまだマシな方です。中には店が潰れたっきり数ヶ月に渡って「テナント募集」の看板が張り出され、さらにもうしばらく経つと、その看板の不動産会社が倒産していて別の会社の看板に入れ替わっていたりします。
 そういう店の前を横切ると、果たしてこの物件に関わった何枚の約束手形が不渡りとなり、何人が自主的に絞首刑を執行したのだろう、と想起してしまい、やたら陰鬱な気分になってしまいます。
 じゃあ、そんな場所を通らなければ良いじゃないか……などと言われそうなのですが、元のバイト先を訪問するとそうなっているのですから仕方ないじゃないですか。しかも2軒
 
 ……どうも駒木がバイトする店って、続かないんですよね。特に“そごう”なんて、バイトしてた時には既に潰れてましたし。

 …と、それはさておき。
 このように不景気が深刻さを増した昨今、失業や失業者の再雇用についての問題も大きく表面化してまいりました。失業保険が切れた後も仕事が見つからず、貯金を切り崩しながら何とか生活をしている方たちも少なくないと聞きます。
 そういう時勢を反映してのものでしょう、これまでなら決して社会の表舞台に出て来なかった仕事までが新聞の紙面を飾るようになって来ました。まずはこのニュースをご覧下さい。

 新薬開発のため薬の効能を試す臨床検査アルバイトに、すがるような思いで参加する失業者がいる。長引く景気低迷で就職のチャンスがなかなかつかめない中、モニターとして検査を引き受けると、三日程度で六、七万円の収入を得られるからだ。高収入とはいえ、「体に悪影響は出ないのか」と不安もよぎる。(北海道新聞より)

 臨床検査アルバイト、俗に言うと新薬の人体実験で被験者になるお仕事ですね。
 この仕事、死体洗いと並んで、“よく噂には聞くけど、果たして本当にあるのかどうか誰も詳しく知らないアルバイト”と言われていましたが、遂に新聞紙上にメジャーデビューとなりました。

 今、我々が薬局や病院などで受け取る医薬品、これらは厚生労働省から(本当にそうかは別として)安全である旨の認可を受けています。しかし、一言で「安全」と言っても、本当に安全かどうか確かめるには最低1回は人間相手で実際に試してみないとハッキリした事が言えないわけです。
 そこで、白黒ハッキリさせるために、綿密な動物実験を経て、「大丈夫だ。多分大丈夫だと思う。大丈夫なんじゃないかな? ま、ちょっと覚悟はしておけ…という『関白宣言』的なところまで来た薬を使って、最終的な人体実験を行う事になります。これがこの“臨床検査アルバイト”というお仕事と言うわけです。
 こう言ってしまいますと、皆さんは非常に怪しい仕事のように思われるかもしれませんが、この仕事は国から規定された方法に則って実施される、ちゃんとした仕事であります

 そしてこの仕事、記事中でも分かるように大変報酬の良い仕事であります。これは規定の期間ずっと拘束されている状態のため、“労働時間”が長いためでもあります。
 この記事で紹介されているのは2泊3日〜3泊4日程度の仕事ですが、2週間単位などの仕事になると報酬も数十万規模にまで膨れ上がるようです。

 ただ、世の中のオイシイ仕事には大抵は裏があるわけで、手放しで高収入を喜んでもいられません。やはりこの仕事、ある程度はリスクの高い仕事でもあります。

 昨年三月に建設会社をリストラされ失業した札幌市清田区の男性(37)は週に一、二日、トラック運転手のアルバイトをして暮らす。

 今年一月、運転手仲間が一枚のチラシを持ってきた。「投薬バイト募集」とあり、病院に二泊して薬を服用するスケジュールが並んでいた。病院名などの記載はなく、ちょっと不安になった。

 アルバイト代は五万九千円。問い合わせ先の携帯電話に連絡すると、東区内の病院で健康診断を受けるよう指示された。 病院では薬を飲みながら採血や採尿のチェックを受けた。暇つぶしに本を読んだり、テレビを見たりした。「こんな楽なアルバイトがあるのか」と思った。その矢先、病院から「今後、三カ月間は同様の臨床検査は絶対受けないように」と言われた。体への影響が心配になり、背筋が凍りそうになった。

 「臨床検査のアルバイトに飛びついたのも仕事がないから。でも、もう二度としないつもりだ」(同上)

 ……つまりこの男性(37)さんは、
 「3ヶ月以内に別の検査アルバイトをして死んだ時、どっちの薬で死んだか分からんから止めてね」
 と、やんわりと脅されたわけですね。確かに不倫相手の生理が止まったのと同じくらいゾッとする話ではあります。

 ただ、本当にかなりの確率で命に関わる仕事なのであれば、バイト代はもっと高くなるはずです。せめて腎臓1個が買える値段じゃないとやってられないでしょう。
 実は、駒木の高校時代の先輩に、実際にこの仕事──しかも2週間コース──をした人がいるのですが、当然のごとく、今なおピンピンしております。元気さがあり余った挙句、戦隊ショーの怪人役となって乳幼児を号泣させる日々を送っておられます。
 もっとも、その先輩は、
 「小型バイクで乗用車と正面衝突しそうになったが、『インディー=ジョーンズ』ばりのスタントで間一髪、バイクを捨てて飛びのいて無傷」
 …という伝説を持った殺しても死なないような御仁ですので、例外中の例外という可能性も無きにしも非ずでありますが、まぁ普通の人でも大丈夫でしょう。
多分。

 ……ちなみに、その先輩からお聴きした「臨床検査アルバイト」の実態は以下のようなものでした。

・ まず被験者は2組に分けられ、1つの組に新薬を、もう1つの組にはビタミン剤を投薬される。(プラシーボ効果防止のため、自分がどちらを飲まされたかは知らされない)

 ・ あとは衣食住つきの施設でひたすら軟禁生活。施設内にいる限りほとんど全ての事は許可されるが、飲酒・喫煙、またエキサイトするような遊び(ギャンブルなど)は禁止される。

  ……以上の事から推測するに、もし万が一、本当にヤバい薬であっても1/2の確率で助かるという事になりますね。つまり、運が良い人なら屍を乗り越えても生きてゆけるという事になります。何だ、やっぱり割のいいアルバイトじゃないですか。ねぇ、皆さん?
 ……なんか、皆さんの顔が引き攣ってるように見えなくも無いんですが、大丈夫ですか?

 ここまで話を聞いて、「う〜ん、お金欲しいからやってみたくはあるんだけど、本当に大丈夫なんだろうか?」と、思った方もいらっしゃるでしょう。では我が講座推奨の「運試しシミュレーション」を紹介しますので、是非実践して頂きたいと思います。

 1.競馬場かウインズ(場外馬券売り場)に行って、出走頭数が10頭以上で偶数のレースをピックアップする。

 2.競馬新聞などの余計な情報を一切排して、全くのランダムで出走馬の中の半分を選び出し、その馬たちの単勝馬券を買う。

 3.レースを観る。
 もし馬券が的中したら、あなたは1/2の確率に恵まれるのであって、臨床検査に行っても新薬ではなくビタミン剤を投与される方なので安心。
 馬券が外れた人も、馬券を買った馬が1頭でも5着以内に入っていたらセーフ。その薬は安全。
 もし馬券を買っていない馬に上位5着を独占された場合は、もし臨床検査に行って帰ってくると、頭痛持ちになったり倦怠感が抜けなくなるかも知れません。ですが、命に別状はありませんギリギリセーフ。
 さらにその上、馬券を勝った馬が1頭でも故障などで競走中止した場合アウトです。
どうもご愁傷様でした。

 さて、善は急げ。臨床検査アルバイトを考えている人は、是非、次の土日にはお近くの競馬場、またはウインズへどうぞ。

 ……などと、密かにJRAの売上に貢献などしつつ、今日の講義を終わらせて頂きます。(この項終わり)

 


 

5月6日(月・休) 現代社会学特論
「椎名林檎、高らかに現役復帰!(13)」

 それでは、現代社会学特論の第13回講義を始めます。過去の講義を未受講の方は、前もってレジュメを閲覧する事をお薦めします。
 ↓レジュメへのリンク一覧です。
第1回第2回