「社会学講座」アーカイブ

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講義一覧

10/14 歴史学(一般教養)「学校で教えたい世界史」(13)
10/13 
伝統文化論「江戸落語界出世事情」(1)
10/12 
競馬学特論「G1予想・秋華賞編」
10/11 
歴史学(一般教養)「学校で教えたい世界史」(12)
10/10 演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(10月第2週分)
10/9  
歴史学(一般教養)「学校で教えたい世界史」(11)
10/7  
歴史学(一般教養)「学校で教えたい世界史」(10)
10/6  映像文化論「アニメ『ドラえもん』大幅リニューアルの是非」(2・終)
10/5  
競馬学概論「仮想競走・20世紀名馬グランプリ」(1)
10/3  演習(ゼミ)「現代マンガ時評」(10月第1週分)
10/2  
歴史学(一般教養)「学校で教えたい世界史」(9)

 

10月14日(月) 歴史学(一般教養)
「学校で教えたい世界史」(13)
第2章:オリエント(7)〜
古代エジプト
文化

※過去の講義のレジュメはこちら
第1回第2回第3回第4回(以上第1章)/第5回第6回(以上インターミッション1)/第7回第8回第9回第10回第11回第12回


 さて、前回までで漸く古代エジプトの大まかな歴史を概説し終わりました。今回は短めに古代エジプトの文化について述べまして、この章におけるエジプトに関しては、これで一応の締めとしたいと思います。

 ではまず、古代エジプト社会と切っても切り離せない関係である宗教からお話してゆきましょう。

 前回の講義でも触れましたが、エジプトの宗教は典型的な多神教であります。まずは天地創造の神・アトゥムがいて、彼が大気の神・シューと湿気の女神・テフヌトを産み、更に彼らが大地の神・ゲブと天空の女神・ヌトを産んで……というようにたくさんの神々が生まれ、そこからギリシア神話のような役職別の神や、各都市の守護神などへと繋がる形になっています。
 そんな神々にはそれぞれの神にまつわる神話が作られ、文献として残されています。その中には、仕事のテリトリーを巡って神同士がギャンブルをし、しかもそれがイカサマで決着するという阿佐田哲也顔負けの香ばしい話もあり、その事実がまた、この時代の人々がギャンブルを愛好していたことを証明する格好の資料になっています。(事実、古代エジプトの遺跡からは、世界最古クラスのギャンブル道具が発掘されています)
 多くの神々の中でも、特に古代エジプト史に密接に関わる重要な神と言えば、やはり太陽の神・ラーと、大都市テーベの守護神・アメン(アモン)という事になります。これら2つの神が、ファラオの権威付けに利用された事は前回の講義でお話した通りであります。ちなみに、あのアケテナンが“創設”したアテン(アトン)一神教がありますが、これは一連の神話とは“別枠”でありました。

 あと、古代エジプトの文化に関わる神として忘れてはいけないのは、冥界の神・オシリスであります。
 この時代のエジプトには冥界、つまりは死後の世界の存在と人の魂の不死を信じる思想があり、それがミイラを作るという発想に繋がってゆきました。肉体を壊す事無くミイラを作っておくと死者の魂がそのミイラに舞い戻り、そこで弔いの儀式を受ける事で、その魂はオシリスの神となって永遠の不死を得る…という理屈だったようです。
 ただ、不死の魂はもれなく神になるという事もあり、ミイラ作りは元々はファラオの一族にのみ許された行為でありました。下々の者は神になるなど畏れ多いというわけであります。
 しかしこれも時代が経つにつれ制約は緩まり、まずは貴族に、そして新王国時代には一般市民にもミイラ作りが解禁されます。この頃には猫のミイラも作られたといいますから、文字通り猫も杓子もミイラ作りというわけであります。

 余談ですが、当時のミイラ作りについて、「エジプトはナイルの賜物」の名言で有名な歴史家・ヘロドトスが、詳細なレポートを残しています。
 何でも、当時のミイラ作り専門の業者が存在し、その作り方も予算別に3つの段階、つまりは松竹梅があったそうであります。金さえ積めば、体の形を維持したまま丁寧に内臓を取り除いて立派なミイラを作ってくれますが、最低の予算だと適当に脱水処理だけされて突き返されたそうです。正に地獄の沙汰も…という話であります。

 こうして人々は漏れなく不死の魂となる事が可能になったわけですが、一般市民にミイラが解放された頃から“冥界裁判”の思想が生まれます。どうやら「余りにも冥界に人が殺到するので、入口で数を間引いているに違いない」…という極めて現実的な発想が宗教の一思想に発展したようであります。
 しかし、せっかくミイラまで作って盛大に弔ったのに、冥界入口で間引かれてはたまったものではありませんので、人々は冥界裁判の指南書のようなものを作って、棺に入れたそうであります。この指南書に死者の安寧を祈る文を併せた物が“死者の書”であります。これは、かつてはピラミッドや、貴族のミイラを納めた棺に掘り込まれた祈祷文が原型になっていて、特にピラミッドの壁に刻まれた文章を“ピラミッドテキスト”と言います。

 
 ……さて、宗教の話はこれくらいにしまして、他の文化についても駆け足でお話してゆきましょう。

 これも以前の講義で述べましたが、この時代にはピラミッドスフィンクス、更には神殿などの巨大建造物が建てられました。この建造物の設計のために、測地術幾何学も発展したようです。
 は、現在のものに近い1年365日の太陽暦が使用されていました。これは別に天文学から来たわけではなく、ナイル川の氾濫がおよそ365日周期だったところから来たようです。ただ、うるう年の発想が無かったため、本来の太陽暦とはややズレが見られたようでありますが。
 文字はいわゆる象形文字から出発し、その形が簡略化されて行く中で独特の文字が生まれました。その文字は時代を経るに従っていくつかのパターンが生まれています。簡略化の進んでいないモノから順に、神聖文字(ヒエログリフ)神官文字(ヒエラティック)民衆文字(デモティック)です。元々の文字は神が与え賜うた物という発想があり、複雑なものほどグレードが高かったようです。
 この文字は長らく解読が不可能とされていたのですが、ナポレオンがエジプトに遠征した際に発見されたロゼッタストーン言語学者シャンポリオンが解読した結果、今ではエジプト文字は完全に解読が出来ています。ロゼッタストーンには神聖文字、民衆文字、そして先に解読されていた古代ギリシア文字の3種類の文字で同一の文章が記されておりギリシア文字からの対訳をする事で解読がなされたものでありました。
 そしてエジプトの文字と切っても切り離せない関係にあるのが、パピルスという草であります。
 パピルスはカヤツリグサ科の植物で、太さ3〜4cmの茎が1.5〜2mほど伸びた先に、細長い葉が茎の中心から巨大なマリモのような感じで生えています。この茎の皮を剥いで繊維状の短冊にした物を、石の台上に重ね合わせてハンマーなどで叩いてペシャンコにし、更にそれを乾燥させますと立派な紙の代用品が出来上がります。エジプトの文字は、この加工パピルス紙に顔料などで記されたものでした。
 このパピルスは丈夫で扱いやすいため、様々な用途に用いられたようです。時にはパピルスで小型船まで作っていたと言いますから、まさに万能植物でありました。エジプトはナイルの賜物。そしてエジプト文化はパピルスの賜物でありました。

 ……と、途中から酷く駆け足になりましたが、古代エジプトの文化はこれ位にしておきましょう。次回は再びメソポタミア文明に立ち戻り、群雄割拠の歴史を追いかけてゆくことにしたいと思います。(次回へ続く

 


 

10月13日(日) 伝統文化論
「江戸落語界出世事情」(1)

 受講生の方たちのリクエストにお応えしまして、一旦はボツにした、東京の落語界における落語家の出世事情を採り上げる事になりました。
 今回に限らず、駒木が「講義にしてみたものの、この題材は面白くないだろう」…などと考えた題材が、思わぬ大好評を頂く事がありまして、非常に嬉しい困惑をしたりしています。
 現在の“看板講座”と申し上げてよい「学校で教えたい世界史」も、元はと言えば駒木の判断で打ち切りにした講義シリーズのリメイクのようなものでありますし、当講座の出世作的な講義である「徹底検証! 世界漫画愛読者大賞」に至っては、極度のスランプ状態の中で半ば苦し紛れに実施した講義だったりするんですよね(苦笑)。全く何がどうなるか判らないものであります。

 
 ──さて、それではいい加減本題に移りましょう。まずはこちらのニュースをご覧下さい。

 兄弟でもこうも待遇が違うと――。故・林家三平の二男の真打ち襲名に沸く林家一門をこんな目で見ている人も多いのではないか。
 三平の息子は長男・こぶ平(39)、二男・いっ平(31)。片や24歳で史上最年少の真打ち昇進を果たしたこぶ平、片や兄より7歳遅れで今月21日に真打ちに昇進したばかりのいっ平。本来なら弟の方が質素に襲名披露するのが普通だが、この一家はまったく逆なのだ。
 地味に行われたこぶ平の真打ち披露に比べて、いっ平は派手そのもの。先月下旬に行われた落語界初の浅草でのお練りに始まり、帝国ホテルで行われた襲名披露パーティーなど、いっ平の場合はまさに一門を挙げての大々的なものだ。不思議なのはこのことを関係者が容認していることだ。いっ平にケイコをつけた二女・泰葉の夫の春風亭小朝は「いっ平が三平を継ぐならもっと頑張らないと」と平然とコメントするなど、いっ平の方が一目置かれている。
「いっ平にとくにイレ込んでいるのは母親の香葉子さんです。こぶ平の襲名披露では体調を崩したこともあって病欠だったのが、今回のいっ平の一連のイベントでは付きっきりです。そこまで兄弟に差をつけなくてもいいのではないかという声も上がっています」(芸能リポーター)
 一門には一門の事情があるのだろうが、なんだかこぶ平が気の毒になってくる。
(日刊ゲンダイ9/26付記事より)

 今は亡き天才落語家・林家三平の次男で、先日“真打ち”に昇進したばかりの落語家の林家いっ平と、その一族にまつわる醜聞記事であります。

 落語界で“真打ち”と言えば、3段階ある身分制度の最上位にして、寄席でトリ(一番最後の出番にしてメインイベント)を務める資格を与えられる存在であります。
 また、真打ちになると、業界内の若手や後輩からは「師匠」と呼んでもらえますし、望めば弟子を採る事も可能になります。言ってみれば“落語界のA級ライセンス”と呼ぶに相応しい称号と言って良いでしょう。

 そんな“業界最高位”の真打ち落語家を2人抱える事になった故・林家三平一家に、突然確執の火種がくすぶり始めたわけですから、今回のニュースは穏やかな話では無いように思えます
 落語について余り知識をお持ちでない受講生の方は、「結構大事になっているなぁ。これだとファンもおちおち落語を楽しんでいられないのではないか」…などと思われるかもしれません。

 が。

 今回のニュース、心ある落語ファンからしてみれば、「んなモン、どうでもいいんだよ。全く下らねぇ」…の一言で片付いてしまう話だったりするのです。
 ましてや当の落語界の御歴々の中には、「ロクに落語も出来ねえクセに、何がお練りだ、何が真打ちだ。もっぺん耳の穴かっぽじって、テープに録った手前ェの落語聞いてみやがれ!」…と吼えてらっしゃる方もいるのではないかという始末。
 そういうわけでして、事大主義的なニュースとは対照的に、業界内では「こんなの酒の肴にもならない与太話だよ」…というのが実情のようであります。

 ここまでで、受講生の方の中には、「あれ? “真打ち”って、落語がちゃんと出来なくちゃなれないものじゃないの?」…と疑問をお持ちになった方も多数いらっしゃるでしょう。その疑問、ごもっともであります。
 しかし、その問いには「いや、そうではありません」と答える他ありません。実は、落語界における“真打ち”とは、非常に微妙なニュアンスを持ったステータスであったりするのです。

 この事は、まず今から挙げます数字をお聴き頂ければ、何となく問題の概要が見えて来ると思われますので、紹介いたしましょう。
 後からも説明しますが、現在、東京落語界には4つの落語団体が存在しております。落語といえば「笑点」の大喜利しか知らないような方は驚かれるでありましょうが、実はそうなのであります。
 そして、林家こぶ平いっ平の、いわゆる海老名ファミリーが所属しているのは、人数に限って言えば業界最大手の落語協会という団体であります。
 で、落語協会には221人もの落語家が所属しておりますが、その中で“真打ち”と認定された落語家は、このたび昇進した林家いっ平を入れて160人全体の72.4%にも及びます。凄い比率ですね。

 しかしよく考えてみますと、ハッキリ言って私たちは160人も落語家を知りませんモーニング娘。メンバー12人のフルネームは言えても、12人の落語家の名を挙げられる方はどれほどいらっしゃるでしょうか? ましてやその中で、落語協会所属に限定するとなれば……。
 言っておきますが、「笑点」の大喜利レギュラーの中で落語協会所属の落語家は、林家こん平林家木久蔵の2人だけであります。これにこぶ平・いっ平兄弟を入れても4人。ここからあと8人、落語協会所属限定で真打ち落語家の名前を挙げるのは、受講生の方でお笑い好き(not落語好き)と自認する方でも容易な事ではないでしょう。
 ……つまり、“真打ち”とは言っても、芸の評判が一般のお笑い好きにすら漏れ聞こえてこないような無名の落語家がほとんどなのであります。これではせっかくの“真打ち”も文字通りの看板倒れであります。

 それにしても何故、このような事態になってしまったのでしょうか?
 それは一言で言ってしまえば、落語界の落語家昇進システムに問題があるからなのです──。


 つい先にも少しだけ触れましたが、落語家には3段階の階級制度があります。下から順番に、“前座”“二ツ目”“真打ち”となります。
 但し、現在の上方(大阪)落語界には名目上の階級は存在せず、入門順と暗黙の了解で個人別の序列が形成されています。これは、関西には落語専門の寄席が存在しないため、トリを務める資格がどうとか言った、階級の存在意義そのものが失われているためです。

 …さて、まず落語家志望者が弟子入りしたい師匠を決めたならば、寄席の通用門で出待ちするなり、自宅に押しかけるなり、移動中の自動車に体当たりするなどしてコンタクトを取り、入門を志願します。
 この場合、志願した先の師匠が、ある程度キャリアもあって業界内の地位も高く、既に何人かの弟子を採った事のある人であるならば、大抵は許可が出るようであります。
 但し、未だ高校在学中であるとか、逆に年を食いすぎているとか、若しくはどう見ても犯罪者かその予備軍であるような場合はその限りではありません。「高校出てからもう一遍いらっしゃい」とか、「もう一度考え直されたらどうですか? 貴方の年でこの業界というのは甘くないですよ」とか、「キミみたいなのは大川興業へ行きたまえ」とか言われます。
 …まぁしかし、学業を全うしていて最低限の礼儀と熱意が窺えるならば、恐らく近日中には入門が許可されるでしょう。これで晴れて一門の仲間入りであります。そして、落語家志望者から落語家の卵となった彼には“前座”の地位が与えられます。それは厳しい修行時代の始まりでもあります。

 “前座”となった彼には早速、落語家の仕事場である寄席での仕事が与えられます。最近は数が減りましたが住み込みの弟子ならば、当然、師匠宅の日々の雑用もこなさなければなりません。
 寄席での“前座”の仕事は多忙を極めます。師匠でもないのに年がら年中“師走”の状態となる事は間違いないでしょう。それくらい、“前座”は忙しいのです。
 まず気を遣うのは、楽屋(芸人控え室)での“二ツ目”の先輩や師匠方のケアであります。お茶を淹れたり、着替えを手伝ったり、荷物の管理をする事は勿論の事、普通に歩いて30分かかる場外馬券売り場へ10分後に発売締め切りになる馬券(しかも当たったら100万円になるような)を買いに行ったりするなどの雑用を言いつけられたりします。
 それも、ただこなせば良いというわけではなくて、ケアする相手の性格によって細かくやり方を変えなければいけません。うるさ型の師匠の機嫌を損ねたりしたら最後、たちまち「おい、前座〜ッ!」とドヤされて、挙句に往年のスタン・ハンセンばりのサッカーボール・キックの1発でもカマされる事は間違いありません。
 寄席そのものの進行や演出も“前座”の担当です。まず、客の空気が温まり切っていない最初の出番──“開口一番”と呼ばれる──や休憩明けには高座に上がって落語家としての務めを果たします。そして自分の出番が無い時には、お囃子や舞台の整備などをして師匠たちをサポートしたり、タイムスケジュールの調整を図ったりします。出演者が急病で倒れた際などは“前座”の先輩格が自ら代役を務めたりもします。
 その上、“前座”には厳格な礼儀作法が存在し、それを厳守する義務が課せられます

 一つ、「お先に勉強させて頂きます」などの業界用語のをT・P・Oに合わせて完璧に使いこなす事。
 一つ、叱られた時は如何なる時も言訳無用。とにかく「申し訳有りません」と言って頭を下げろ。
 一つ、楽屋で座る際には座布団を敷いてはならない。
 一つ、日常会話の上でも駄洒落は厳禁。師匠連の前で使ったら、その場で殴られても文句は言えない。
 一つ、酒は焼酎のストレート以外は呑んではならない。チューハイなどの“混ぜ物”も厳禁。(なので、貧乏してる前座に「いいちこ」の一升瓶でも振舞えば、体育大の男子寮に小池栄子がやって来たような歓待を受ける)etc、etc……

 ──と、ここまでしても、1日の寄席仕事で貰える日給は、3000円から4000円強といったところ。それでも以前に比べると待遇は良くなっていると聞きますから壮絶であります。
 これでは労働というよりも使役の類でありますが、これもあくまで修行の一環でありますからして、全ての“前座”は甘んじてこの扱いを受容するわけです。落語界には「前座は前座にして人にあらず」という言葉があるそうですが、まさに言い得て妙であります。

 で、この苦難の日々を1年、2年、3年…と乗り越えて、その中で落語の修業も怠り無くこなしていれば、やがて師匠連から「コイツもいっぱしの噺家になったじゃねえか」とお墨付きを頂き、ここで1度目の出世・“二ツ目”昇進と相成ります。
 この“二ツ目”になれば、晴れて一人前の落語家というわけで、舞台上で羽織が着られるようになり、自分の出囃子も持つ事も出来るようになります。そして地獄のような雑用からも解放されて、「オイ前座、俺だからって出枯らしの茶を出すことねェだろう」なんて小言をカマす事も自由自在であります。
 こうなれば、もうやる事は落語の修業しかないわけですから、“二ツ目”の落語家たちは日々落語や芸事の精進に励む事になります。大体、この時期にどれくらい気を入れて落語に接するかで将来が決まると言っても過言ではありません。(勿論、“前座”の内から精進するに越した事はありませんが)

 そして長年の悪戦苦闘の結果、落語が相当のレヴェルに達することが出来れば、いよいよ“真打ち”昇進になります。
 “真打ち”昇進の際のイベントは、業界最高位の地位に昇り詰めたとあって、非常に豪華であります。昇進記念パーティーなどのお披露目の場を設けたり、自らがトリを務める襲名披露公演を50日間開催したりするなどして、業界内外にアピールするわけです。
 “真打ち”となった後の扱いについては、先に説明した通りです。「よッ、師匠!」なんて呼ばれたり、弟子を採ることも出来たり、自分を中心に据えた寄席を開く事だって可能です。こうなれば将来は安泰。ゆくゆくは文化勲章、人間国宝への道をまっしぐら……

 ──と、なるはずなのですが、現状がそうではないのは説明した通りであります。希少価値があるはずの真打ちがウジャウジャと溢れ中には“真打ち”になっても、生涯でトリを務めたのは昇進披露公演の時だけだった…なんて話も珍しくない始末であります。
 どうしてこうなってしまったのでしょうか? 本来なら“真打ち”は、落語の道を極めた実力ある少数の落語家だけが昇進するべきなのですが、実情は違うわけです。

 実は、この理由は情けないほど単純明快であります。

 なんと、この落語家の昇進システム現在は年功序列で実施されているのです。つまりは一度入門してしまえば、慶応幼稚舎から慶応大学へのエスカレーターよろしく、“前座”から“真打ち”までまっしぐらなのです。
 例えば件の落語協会の場合は、“前座”期間が3年から5年、“二ツ目”期間が概ね10年と決められており、余程のバカでもない限りは15年で誰でも“真打ち”になれてしまうのです。そしてこれが、無名・実力不足の“真打ち”を産み出す由縁でもあります。
 そのため、こぶ平は“真打ち”15年目にしてようやく古典落語に力を入れたか。うん、ソコソコ上手くなって来たね」…などといった本末転倒甚だしい講評が落語通の間から寄せられたりするのであります。札束がギッシリ詰まった財布を見せびらかして新人アイドルを口説いている場合ではありませんぞ。ベッドでは幼児プレイのクセに。……あ、いや、何でもありません。

 半ば余談でありますが、ごくたまにアクセントを付ける為か、本当に凄い実力を持った落語家を抜擢して“真打ち”に押し上げるケースもあります。但し、東京の落語界では、“二ツ目”までは入門順が業界内の序列で、“真打ち”になると昇進の順番がイコール業界内の序列になってしまうので、余りの抜擢は小泉内閣の脱派閥人事並の摩擦を生み出すことになります。
 この“抜擢”の代表的存在春風亭小朝です。通常10年の“二ツ目”期間を3年10ヶ月でクリアしてしまったがために、約30人ゴボウ抜きというもの凄い事になってしまいました。主任から役員待遇へ特進を果たした、ノーベル化学賞の田中さんも真っ青であります。
 ちなみに、林家こぶ平も入門から“真打ち”昇進まで約10年という“抜擢”を受けていますが、どうやらこれは、「林家三平の息子が最少年“真打ち”に!」…という話題を作るためだったとする説が有力のようです。“七つの光”はどこまでも偉大というわけでしょうか。

 また、この年功序列出世制度は、落語協会以外の団体でも見受けられます。
 業界第2位の落語芸術協会も、落語協会と同様の“15年自動真打ち制度”を採用しており、そのためにこの団体でも“真打ち”75人、“二ツ目”29人、“前座”13人というイビツな“人口構成”になってしまっています。
 更に凄いのは、三遊亭円楽率いる“円楽党”でありまして、10年程前までは“年功8年で真打ち”という制度を採用しており、そのピーク時にはキャリア5年の真打ちまで誕生させてしまったのです。
 キャリア5年と言えばどう考えてもまだ落語を勉強している時期。それを“真打ち”にしてしまったものですから、業界内で大顰蹙を買う羽目になってしまいました。
 この制度で一番可哀想だったのが当の“真打ち”たちで、周りから「師匠」なんて呼ばれても、「止めてくださいよ、恥ずかしい」…なんて恐縮する事しきりだったと言いますから、哀れなものです。
 結局、あまりにも歪んだ制度だったためか、平成6年以後は今年平成14年の三遊亭全楽まで8年間“真打ち”昇進がありませんでした。しかも、この全楽の“真打ち”昇進にはドエライ裏話があったりします。まぁ、これはおいおいお話してゆくことにしましょう。
 ちなみに円楽党の“人口構成”は、年功8年制の威力が炸裂して、“真打ち”25人、“二ツ目”8人、“前座”4人という事になっています。

 ……と、ここまでをお聴きになって、「なんだなんだ、落語界ってそんな世界なのかよ」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
 しかし、どこの世の中にも求道者みたいな愛すべき変わり者たちがいるものでありまして、この落語界でも、完全実力主義の厳しいルールに従って日々精進を続けている人たちがいらっしゃいます。

 それこそが、立川談志が旧来の出世制度に異議を唱え、落語協会から独立して結成した業界第4の団体・“落語立川流”であります。
 師匠が設定した課題がクリア出来なければ10年でも“前座”。反対に力があれば4年で“真打ち”という、判り易すぎる実力オンリーの世界、それが立川流であります。しかも師匠が師匠ですから、弟子たちは絶えず破門と再入門を繰り返すという崖っプチ状態現に今、10人近い前座衆が、破門の上、無期限再修業中という修羅場の中の修羅場を彷徨っております。
 それゆえ、この立川流の世界は落語界の中でも一種独特な雰囲気を漂わせており、病み付きになるファンも後を絶ちません

 それでは時間が参りましたので今回はここまでにしまして、次回はこの立川流の出世事情についてお話してゆきましょう。(次回へ続く

 


 

10月12日(土) 競馬学特論
「G1予想・秋華賞編」

珠美:「いよいよ今週から秋のG1シリーズが開幕ですね、博士」
駒木:「そうだね。間に1週空くだけで、後はもう年末の有馬記念まで毎週G1レースが開催される事になる。この秋のG1シリーズが始まると、あっという間に1年が終わっちゃうような気がするんだよね」
珠美:「あー、それ分かります(笑)。いつの間にか12月になってるんですよね、毎年毎年……」
駒木:「そして1つずつ年を取る…と(苦笑)。イカン、話が湿っぽくなってきちゃったな(笑)。
 …よし、時間も詰まってるし、講義に移ろう。大体、レース開始の12時間前から予想の講義を始めること自体、どこかおかしいんだから(苦笑)」
珠美:「(苦笑)。そうですね、じゃあとりあえず出馬表を見ていただきましょうか」

秋華賞 京都・2000・芝内

馬  名 騎 手
    ニシノハナグルマ 村田
    タムロチェリー 和田
    シュテルンプレスト 飯田
  シアリアスバイオ 安藤勝
    マイネミモーゼ 柴田善
  × ヘルスウォール 秋山
    メジロベネット
チャペルコンサート 熊沢
    カネトシディザイア 河内
10 ユウキャラット 四位
×   11 オースミコスモ 常石
12 ファインモーション 武豊
    13 オースミバーディー 坂井
    14 コスモプロフィール 佐藤哲
× 15 シャイニンルビー 岡部
    16 ブルーリッジリバー 武幸
  17 トシザダンサー 福永
× 18 サクラヴィクトリア 蛯名

駒木:「おや、2人揃って▲無しか。まぁ、今回ばかりは仕方ないって感じだけどね」
珠美:「やっぱり、博士の目から見てもファインモーションは強いですか?
駒木:「少なくとも今回の18頭の中ではダントツだね。今年の3歳牝馬路線は、ただでさえ平均よりチョイ下のレヴェルだと思われるのに、その都度G1勝ち馬がフェードアウトしてゆくっていう異例の展開だからね。そこへ1頭、どの年代へ入れてもチャンピオン級の馬が飛び込んできたんだから、もうコレは“鉄板”としか言いようが無い。
 前売り単勝オッズ見てみたら、2番人気のシャイニンルビーで21.0倍なんだけど、それでも全くオイシイって気がしないから凄いよね」
珠美:「こういう時は、どのような馬券戦略で臨めば良いんでしょうか?」
駒木:「軸馬を信頼しても配当が低くて儲からないし、思い切って穴馬で勝負するにしても、当たる可能性はメチャクチャ低いから、これも儲からない公算が大。とにかく勝負し難いんだよねぇ。
 これはどんなレースにも言えるけど、特にこういうレースは当てに行って大損しないように気をつけないとダメだね。あとは敢えて言うなら、“軸馬−穴馬”の組み合わせと、“2番人気−3番人気”の組み合わせに注目だね。それが単純に考えて一番期待値の高い馬券のはずだからね」
珠美:「なるほど…。でも真面目に予想すると、そういうわけにはいかないんですよね(苦笑)。
 …では、時間もありませんし、早速博士に1頭ずつの評価をしていただきましょう。例によって枠ごとにお願いしますね。
 まずは1枠から。1番・ニシノハナグルマと、2番タムロチェリーについてお願いします」

駒木:「ニシノハナグルマは、実力云々を別にして今回は仕上がり切っていないね。中間で頓挫してトライアルを仕えなかった事が響いてるみたい。あと、陣営もしきりに言っているように、この馬は重馬場限定の馬だね。
 タムロチェリーは、地力なら2着争いも十分出来るくらいの力を持ってるはずなんだけど、とにかくシャレにならないくらい気性が悪いからなぁ……。折り合いをつけて揉まれずにレースが出来たら凄い脚を使うはずなんだけど、条件が整うのを待っていられない位の気性難だからねぇ。それに今回はデキも良くないし、ちょっと好走は難しいかな…といったところ」
珠美:「1枠は2頭とも見送りというジャッジですね。では次に2枠の2頭を。3番・シュテルンプレスト4番・マイネミモーゼを」
駒木:「シュテルンプレストって、単なる条件馬かと思ってたら、春は一応エルフィンSとフィリーズレビューに出走してるんだね。でもまぁ、だからといってそれがセールスポイントってわけでもないんだけどさ。ボロ負けしてるし。今回は、『デキそのものは悪くないんだけど……』っていう、ダビスタみたいなセリフを吐くしかないって感じ。
 シアリアスバイオは、これまた思い切り穴人気してるなぁ(苦笑)。前走は馬体重+28kgだったのに、凄い上がりタイム(3ハロン32.9秒)で健闘してるから、気持ちは分からないでもないけどね。ただ、新潟の芝コース外回りのラスト600mは全部直線で、なおかつ緩い下り坂だったりするから、数字を鵜呑みにすると痛い目に遭うよ。確かに面白い存在とは思うけど、自信を持ってお薦めできるような馬でもないかな。ましてや穴人気してて馬券的に妙味の無い状態だったら尚更ね」
珠美:「3枠の2頭はいかがでしょう? 5番・マイネミモーゼ6番・ヘルスウォールですが……。私は先行馬有利と見て、ヘルスウォールに×印を付けているんですが……」
駒木:「マイネミモーゼは、まず出来れば2400m以上でレースがしたい馬だからねぇ。それに加えて今回はまだ体調が戻りきってない印象があるし、苦戦は必至。陣営は『今更、バタバタしても仕方ない』って居直ってたけどね(苦笑)。
 ヘルスウォールね、確かに今回は面白いんだよ。叩き2走目だし、桜花賞やオークスの時と違って展開も向くしね。ただし、2000mの距離が微妙なのと瞬発力に欠けるのがね。展開利があっても、スローペースなら直線でズブズブ差されそうな気がするんだ。2着に食い込む可能性は無くは無いけど、そのためには注文が多すぎる感じかな」
珠美:「微妙な言い回しをされてしまいました(苦笑)。まぁ、オッズを考えたらそれでも仕方ないと思いますけど。
 では、次に4枠の2頭を。7番・メジロベネットと、8番・チャペルコンサートですね。チャペルコンサートはオークス2着馬ですよね。私は対抗の○印なんですが、博士は“注”止まりなんですね」

駒木:「まずメジロベネットは、オリンピック精神で出走した馬って感じだね。8着にでも流れ込んで500万でもくわえて来てくれたら本望ってところじゃないかな。
 チャペルコンサートは、実は僕も×印を打とうかどうか、最後まで迷ったんだけどね。休み明けとは言え小柄な馬だから仕上がってるだろうし、京都コースとの相性も抜群だしね。結局のところ、この馬の評価はオークスの2着をどう取るかだろうね。僕は典型的な穴馬の大駆けだと見たけど、珠美ちゃんは実力の賜物だと判断したんだよね? 2人の評価の違いはまさにそこだと思う」
珠美:「いつもながら博士と評価が違うと不安になってしまいますねー(苦笑)。
 でも、もう後には引けませんので5枠に行きましょう。9番・カネトシディザイア10番のユウキャラットを。ユウキャラットには私も博士も印を打っていますね」

駒木:「カネトシディザイアは、ずっと前から言ってるけれども、今ひとつ実力が足りない。
 ユウキャラットは、先行馬が少ない上に逃げイチ。絶好の展開だね。瞬発力が無いわけじゃないし、粘りこめる要素は十分に持ってるはず。休み明けの成績はイマイチだったけど、今回は変わり身がありそうだし。ただ、ファインモーションに早め早めで交わされてしまうと辛いかもね。何だか武豊騎手に生殺与奪を握られている気がするね(苦笑)」
珠美:「それでは、問題の6枠です。11番・オースミコスモ12番・ファインモーション。ファインモーションには勿論本命の◎印を打ってますし、オースミコスモにも2人揃って×印が付きました」
駒木:「先にオースミコスモから行こうか。この馬、本番にとことん弱い馬なんだけど、地力だけならメンバー中で2、3を争うだけのモノを持っているはず。あくまで“2、3”だけど(苦笑)。体調は春より良いだろうし、あとは力通り走れるかどうだろうね。
 ファインモーションは冒頭で言った通り。実力はズバ抜けているね。でもこれでまだ発展途上っていうんだから恐ろしいよねぇ。常識的に考えて、故障とかの大アクシデントでもない限りは1着でほぼ決まりだろう。
 敢えて死角を挙げるならば、今回はこれまでと違って、各馬がファインモーションを徹底マークして潰しにかかるって事くらいかな。つまりは1対17ってわけ。ただ、武豊騎手もそれは重々承知だろうから、多少の損は被っても、外目外目から早仕掛け気味に行っちゃうんじゃないかなぁと思ってるよ。ひょっとしたら、テスコガビーの桜花賞みたいな『他の馬は何にも来ない』なんてパターンが見られるかもね。それくらい強い馬。」
珠美:「本当にアクシデントだけは無いように祈りたいものですよね。良いレースになる事を期待しましょう。
 …さぁ、もう一息です。7枠をお願いします。ここからは3頭まとめての形ですね。13番・オースミバーディー、14番・コスモプロフィール、そして15番に2番人気のシャイニンルビーです。私も博士も印を打ちました」

駒木:「オースミバーディーは半年の骨折休養明けなんだけど、今回はまだ急仕上げ。実力がどうとか言う以前に、態勢が整っていない。
 コスモプロフィールは、さすがに平場500万下からの転戦は無謀だろう。ケンカもろくにした事が無いヤツが暴走族に入ろうとするようなもんだ。 
 この2頭に対照的なのがシャイニンルビーだよね。桜花賞の馬体大幅減で完全に調子を狂わせた春シーズンから、ものの見事に立ち直って来た。今回は+28kgの成長分込みの太目を叩いて、しかも絶好調だっていうから大いに期待できるんじゃないのかな。春からの主力メンバーの中だと、地力も安定感も一番だと考えてるよ。今回の課題は展開と瞬発力勝負だろうね」
珠美:「では最後に8枠の3頭をお願いします。16番が桜花賞2着のブルーリッジリバー、17番がトシザダンサー、そして大外18番が、トライアル2着のサクラヴィクトリアですね」
駒木:「まず、京都内回りの2000mは外枠が若干不利だってことは知っておいて欲しいね。不思議とこのレースでは外枠の成績が良いんで、ヒントになるどころか逆に悩ましいところでもあるんだけれど(苦笑)。
 で、ブルーリッジリバーに関しては、春シーズンには大いに注目する点があったんだけど、秋になってみると、どうも余り成長が見られない。3歳春のG1なんてのは、古馬で言えば1000万〜1600万条件特別くらいのレヴェルなんだから、春の能力据え置きじゃあ、自ずと限界が見えてきちゃうよね。あと、今回は展開も不向きだ。
 トシザダンサーは、本当ならこの馬あたりが『この秋一番の昇り馬』とか言われるポジションだったんだけどねぇ。バケモノが1頭紛れ込んできたから“その他大勢”になっちゃったよ(苦笑)。
 それにまぁ、セールスポイントのトライアル3着にしても、どこまで評価すれば良いか微妙ではあるよね。あの1レースだけで、シャイニンルビーやユウキャラットと同じくらいの評価をしてくれって言われても辛いところがあるしねぇ。まぁ、2着争いならギリギリってところかな。
 あ、気をつけて欲しいのは馬体重。前走は+16kgだったもんで、『成長著しい』と思うかもしれないけど、実はこれ、デビュー時の馬体重に戻っただけなんだよね。この時は太めで、今はベストだと解釈しても、成長分は10kg足らずの小規模なものだと考えるべきだね。
 最後、サクラヴィクトリア。前走でダート馬から脱却したのは確かに大きいけれど、追い込み一辺倒なのは明らかにマイナスだよねぇ。このメンバーの中では瞬発力がある方だけど、それでも最後方近くから追い込むとなると骨が折れそうだ。それに、直前気配が余り良くないみたいなのも気になる。まぁ、アドマイヤコジーンにもそんな事言ってたけどさ(苦笑)。
 ……駆け足だったけど今日はこれで勘弁してもらおう(苦笑)」
珠美:「ハイ、お疲れさまでした。最後に馬券の買い目を発表して終わりましょうか」
駒木:「僕は10-12、12-15、11-12の馬連3点。3連複は買わないつもり。この場合、馬単はリスクを上げるだけでメリットがほとんど無いのでナンセンス。あくまで馬連で安全策を取らせてもらうよ。万一、除外とかあればチャペルコンサートが繰り上がりね」
珠美「私は8-12、10-12、12-15、12-18、6-12の5点にさせてもらいます。本当はもう少し絞らなくちゃいけないんでしょうけれども……」
駒木:「それじゃ、講義を終わろうか。ご苦労様」
珠美:「はーい、お疲れ様でしたー」

 


秋華賞 結果(5着まで)
1着 12 ファインモーション
2着 18 サクラヴィクトリア
3着 シアリアスバイオ
4着 カネトシディザイア
5着 17 トシザダンサー

 ※駒木博士の“敗戦の弁”
 うーん、印を“注”に落とした馬が差してくる事、差してくる事(苦笑)。春までならサクラヴィクトリアも5点目の×印くらいにしてたはずではあるんだけど、配当考えたら仕方ないよねぇ。
 でも、それも全て展開とユウキャラット&オースミコスモの能力読み違えから来てるんだよね。う〜ん、深刻なスランプだなぁ……。

 ※栗藤珠美の“喜びの声?”
 秋シーズン連続的中!……なんですけど、払戻金聴いたら、「あれ? 獲って損ですか?」って感じです(苦笑)。お金が減らなくて良かったですけど全然嬉しくありません(苦笑)。来週はもっとスカッとするような的中をしてみたいものですね。頑張ります!

 


 

10月11日(金) 歴史学(一般教養)
「学校で教えたい世界史」(12)
第2章:オリエント(6)〜
古代エジプト王朝の変遷《続々》

 ※過去の講義のレジュメはこちら
第1回第2回第3回第4回(以上第1章)/第5回第6回(以上インターミッション1)/第7回第8回第9回第10回第11回

 おことわり:講義中に付記する年号が、参考書や「世界史B用語集」に記されているものと異なる場合がありますが、これは別の資料を参考にして講義を行っているためです。
 歴史を把握するにあたり、この時代の年号はさほど重要ではありませんので、あくまで参考として把握して頂くようお願い申し上げます(駒木ハヤト)


 では、今回も古代エジプト王朝の変遷を追いかけてゆきたいと思います。

 さて、前回の講義でお話したように、異民族ヒクソスの侵入、そして約100年にも及ぶ支配を受けるという屈辱を味わったエジプト人ですが、実はこの経験は、彼らにとって大きな転機となったのでありました。

 といいますのも、被制服民となった屈辱感はその人々に色々な感情を呼び起こしますが、エジプト人の場合、これは幸いな事にナショナリズム的な愛国心・闘争心に昇華されたのであります。
 再び独立を勝ち取るために軍隊は増強され、また、ヒクソスがエジプトに持ち込んだ、戦車(馬で台車を引っ張る形のもの)や西アジアの新型兵器の技術も非常にプラスになりました。
 そして独立戦争と戦勝であります。これは実戦経験や溢れんばかりの自信と鉄壁のプライドという、決して金銀財宝では手に入れられない、それでいて非常に貴重なモノをもたらします。

 いつの間にか、恐らくは当事者たちも知らない間に、エジプトはオリエント最強クラスの軍事国家に成長していたのです。それは“黄金時代”と言って差し支えない輝かしい時代の始まりでありました。

 ヒクソスを撃退した(紀元前1552年ごろ)後、即ち第18王朝以降の古代エジプトを新王国時代と言いますが、この時代にほぼ共通したスタンスは、“最大の防御は攻撃なり”であります。
 決して積極的に侵略を仕掛けるわけではありませんが、敵対勢力が現れた場合は、相手の攻撃を待たずして先手、先手で攻めてゆきます。芽は出るなり摘み、杭は出過ぎる前に打つ。まさに機を見るにつけ敏でありました。時には東のメソポタミア地方へ、そしてまた時には南のヌビア(現在のスーダン、エチオピア方面)へと領土や勢力範囲を広げてゆきました。

 この機動的な対外戦略が可能になったのは、先に述べた強力な軍隊を持っているだけでなく、エジプト国内でのファラオの地位が堅固であったという事も大きかったようです。
 この新王国時代のファラオが中王国以前のそれと違うところは、従来の王としての権威に加え、“常勝将軍”というカリスマ的なステータスも手に入れていたことだと思われます。実は世の中、王の代わりはいくらでも作れるのでありますが、常勝将軍の代わりは作れないものであります。代わりが作れない以上は、部下たちは、その君主の下で精一杯の権力争いをする他なくなるのです。
 こうなれば、いくら官僚制社会が発達しようとも、遠征のためにファラオが首都テーベから離れようとも、王権は安泰です。宰相以下、王の側近や官僚たちは単なる王の下僕としての務めを粛々と果たすのみでありました。

 この新王国時代エジプトが1回目のピークを迎えたのは、第18王朝の第5代ファラオ・トトメス3世(在位:紀元前1490〜36頃)の時代でした。
 彼は幼少の時期こそ、共治王の母親に実権を握られていたものの、次第に自分に近しい人間を要職に引き込み、やがて女王の退位と共に親政を開始します。

 この若きファラオは、まず第一に優れた将軍でありました。シリア・パレスティナ地方へと兵を送り、これを次々と占領・植民地化してゆきます。それまでこの地方を勢力化に置いていたメソポタミア地方の強国たちも、時には黄金の戦車に乗って先陣を切って戦ったと言われるこのファラオの前には、一様に沈黙せざるを得ませんでした。
 結局、このトトメス3世の治世における遠征は17回にも及び、占領地域の支配は遂に磐石のものとなります

 ところで、この頃の文献には、当時のエジプト進出を裏付ける、少し面白いエピソードが残っています。
 エジプト軍がメソポタミアの大河・ユーフラテス川に到達した時の事です。エジプトの兵士は、その川の姿を見て仰天してしまいました。
 「か、川が逆流している!」
 ユーフラテス川はナイル川と逆に、北から南へと流れてゆく川です。それまでナイル川以外の川を知らなかったエジプト人にとって、その光景は信じられないものでありました。恐らく当時のエジプト兵は、初めて黒船を見た日本人、もしくは自分の恋人が実はニューハーフだった事を知らされた男のような衝撃を喰らったことでありましょう。

 話を戻します。この“常勝将軍”トトメス3世の第二の姿は、優れた政治家としての知性派ファラオとしてのそれでありました。
 大きく広がった領地に、それぞれ行政組織を敷き、植民地にまで官僚制を徹底させます。また、占領地の元支配者の子息(つまりは王子)を人質としてエジプトに連行し、そこでエジプト流帝王学を学ばせて、成長の折には故郷に返して総督に赴任させるという洒落た事までやってのけたようです。

 こうして、有形・無形様々なものを残して、トトメス3世はこの世を去ります。その後、散発的に支配地域で反乱が発生しますが、ほとんどの場合、それらは難なく鎮圧されました。それくらいトトメス3世が残したエジプト“帝国”の組織が頑丈だったのです。これが、後の世の歴史家たちが、彼を“古代エジプトのナポレオン”と称する由縁でもあります。いや、ひょっとしたら彼はナポレオンをも超える才能の持ち主だったかも分かりません。

 しかし、この世には全てにおいて完璧なものなど存在しないのも事実であります。そしてこの時の強固な王朝も、思わぬところから足元を掬われてしまいます。そのポイントは宗教にありました。 

 他の地方の古代王朝がそうであるように、古代のエジプトでも宗教は支配者と密接な関係を持っていました
 エジプトでは、例えば日本の邪馬台国のような神権政治──神のお告げを聞く神官が“神の意思”に従って政治を行う政治──は発達していませんでしたが、それでも“ファラオとは神の子である”という思想が完成されており、神を祀る事は立派な国家事業となっていたのです。
 ちなみに、今お話している新王国時代の宗教は、“アメン=ラー”信仰という、元々はテーベの守護神だったアメン(アモンとも言う)と、太陽神ラーが融合した神を奉るものでありました。そして“ファラオ=神の子”という公式に従いますと、アメン=ラー神は絶対的君主であるファラオ以上の存在でありますから、その祀られ方も自ずとグレードが上がってゆきます。
 この時代には、かつてのピラミッドに代わって神を祀るための大規模で豪華な神殿が建築され、ましてやその神殿を司る高位の神官ともなれば、その権力たるや行政面でファラオを支える宰相を遥かに凌ぐものとなります。
 いつしか神官勢力は、隙あらば国政をコントロールしかねない厄介な存在となっていたのです。

 しかしこの状況を、当のファラオが見過ごすわけがありません。歴代の政権では、神官人事を巡るファラオ派と反ファラオ派のせめぎ合いが絶えず起こり、遂には強硬な手段に打って出るファラオが現れました
 そのファラオ・第18王朝の10代目であるアメンホテプ4世(在位:紀元前1364〜47頃)神官勢力を退けるために実施した諸政策は、今では一括して“アマルナ革命”と呼ばれています。国家の最高権力者が行う“革命”とはおかしな話でありますが、しかし彼が強行したものは、確かに“革命”と呼ばれるに相応しいものでありました。

 このアメンホテプ4世が行った事績は、大雑把に言って2つに集約されます。

 まず1つ目新宗教・太陽神アテン信仰の創始であります。なんと、ファラオ権力と密接に繋がる宗教を自ら立ち上げてしまったというわけです。アメン=ラー神の力を弱めるのではなく、更に強い力を持つ宗教を作る事で、結果的にアメン=ラー神官の権力を弱めようとしたのです。コロンブスやコペルニクスが卒倒しそうな発想の転換であります。
 そして2つ目の政策首都テーベからの遷都でした。アメンホテプ4世は、テーベから150km程離れた所に新都・テル=エル=アマルナを建設します。神殿の遠くに首都機能を移転して、アメン=ラー神官たちの発言力を削ごうと言うのがその狙いでありました。支配者が、その権力を強めるために遷都を行う事は度々見受けられますが、それでもやはり大変なエネルギーを要する仕事でありましょう。

 これだけでも分かりますように、アメンホテプ4世の“アマルナ革命”は徹底的なものでありました。
 それは、新しい神・アテンの神殿に飾られた彫像や絵画にも見てとれます。この神殿には、これまでの神殿美術とは全く趣を異とするセンスの作品が飾られ、嫌が応にも“脱・アメン=ラー”を人々の心に植え付けたのでありました。
 このような、アテン信仰にちなんだ彫刻や絵画などの美術的作品“アマルナ美術”と呼ばれ、他の時代の美術と別物として分類されています。それほど独特だったわけです。
 また、アメンホテプ4世は、新宗教立ち上げと遷都にあたり、自身の名前をアメンホテプ(「アメン神は満足し給う」の意)からアケナテン(アクエンアテン、イクナートンとも呼ぶ。「アテン神にとって有用な者」)に改名する事までやってのけます。これは正にアメン=ラー神との完全な決別の意思表明であり、テーベに残された神官勢力に対する宣戦布告でありました。事実、この後アケナテンはアテン神を唯一の神に据えて、アメン=ラー神を含む他の神を抹殺しようとまで考えたようです。

 この“革命”は、彼の17年間に及ぶ治世を通じて実行に移されました。しかし、言い方を変えれば、“アマルナ革命”は、彼の17年間の治世を最後に途絶えてしまいます。“革命”は失敗でした

 失敗の理由はいくつか有ります
 中でも大きかったのは、他の神を否定する一神教であるアテン信仰が、エジプトの人々に馴染まなかった事でしょう。今風に言えば、アケナテン政権の支持率が低迷してしまったわけです。
 また、アケナテン王の側近たちの能力の低さも“革命”の足を引っ張る原因となりました。このファラオの側近になろうとする取り巻きは、“革命”のドサクサに紛れて権力のオコボレを頂こうとする連中ばかりだったのです。

 このようにして、アマルナ革命政権はアケナテンの死後間もなくしてガタガタになってしまいました。元々この“革命”は、極度のワンマンタイプであったアケナテンだからこそ出来た事でもあり、彼の死後までこれを維持する事は不可能だったのです。
 しかも、アケナテンの後を継いだのは、わずか9歳の幼王ツタンカーテン。どう考えても彼にこの混乱を収拾する能力がない事は明らかでありました。
 ファラオの側近たちは、ここで断腸の思いの中、一つの決断を下します。それは神官勢力と妥協をしてアメン=ラー信仰を復活させる代わりに、ファラオの権力を高いレヴェルで維持する事でありました。 

 出来たばかりの都・テル=エル=アマルナは廃され、首都は古都・メンフィスへと再び移されました。また、「アテンの生きた似姿」という意味の名の幼王・ツタンカーテンは、皆さんにも馴染みの深いツタンカーメン(「アメンの生きた似姿」)という名に改名させられます
 そしてこのツタンカーメンは、18歳でこの世を去ります。ファラオの権力が強い新王国時代を通じて、最も力の弱かったファラオであることは間違いありません。それ故に、彼は墓らしい墓すら作ってもらえず、死後の世界にまで不遇をかこつ事になりました。そして、我々現代人が彼の“墓”を完全な形で発掘する事が出来たのは、正にそれ故でした。盗掘者たちは、「まさか、こんな所に王の墓などあるまい」と考えたのであります。
 無名で無力な幼きファラオが、無名で無力だったがために、数千年後の世界で最も有名なファラオになる。何とも後味の悪い皮肉であります。

 余談でありますが、このツタンカーメンの墓の発見と発掘に際して、関係者やその近親者が20人以上も急死したために、「発掘者は“ファラオの呪い”に殺されたのだ」…などという噂話が囁かれたりしました。
 しかし、考古学や歴史学の関係者で、この“呪い”を信じる人はいません。何故なら、このツタンカーメン王墓の発掘に最も力を注いでいたカーター氏他、多くの人物が天寿を全うしたからであります。
 夢(?)の無い話ではありますが、現実とはそういうものであります。そして、その厳しい現実の中から嘘のような本当の話を引き出すのが、歴史学の醍醐味とも言えるのであります。
 
 ……さて、メンフィスで再スタートを切ったファラオ政権でしたが、課題は8月31日の小学生のように山積みでありました。西アジアの植民地がメソポタミア各国によって脅やかされていたのです。下手をすれば、決壊したダムの如く、メソポタミア国家の軍団がエジプトを襲う事もあり得たのです。
 しかし、ここからエジプトは見事に立ち直ります。ツタンカーメンの死から約30年経った紀元前1304年頃から始まった第19王朝になってからは、強いファラオが対外戦争を繰り返すという、新王国時代の理想的なファラオの姿が復活します。

 特筆すべきなのがこの王朝の第3代ファラオ・ラメス(ラムセス)2世(ラムセス)2世の治世(紀元前1290〜24年頃)で、この時、エジプトは新王国時代の2度目のピークと言うべき繁栄を迎えたのでありました。
 そして、このラメス2世の治世のトピックと言えるのが、シリア地方の植民地を巡って、メソポタミアの強国であるヒッタイトと争われた“カデシュの戦い”であります。
 この戦いは、ヒッタイト側によるスパイを使った錯乱作戦や、それによって苦境に陥ったラメス2世が果敢にも自ら先頭に立って脱出を果たしたエピソードなど、古代文明戦史の中でも指折りの“名勝負”といえるものでありました。(結果は引き分け)

 しかし、せっかく訪れたこのピークも、長くは続きません。いくら優れた君主が現れようとも、既にエジプトは国全体が病んでしまっていたのです。いや、老衰していたと言うべきでありましょうか。
 ラメス2世が身罷ってから間もなくして、エジプトの衰退を象徴する出来事が起こります。世界史上初のストライキでありました。王墓建築にあたっていた作業員たちが給料の遅配に業を煮やして、作業をボイコットしたのです。原因宰相を筆頭とする官僚たちの汚職だったといいますから、処置ナシです。エジプト王朝は、中身から腐り始めていたというわけでありました。
 それから腐敗はファラオ権力の衰退にまで及び、紀元前1070年頃から始まる第21王朝からは、末期王朝時代という文字通りの末期的な時代を迎えます。紀元前950年頃には西隣の国・リビアに王朝を乗っ取られ、以後はアフリカ、メソポタミア諸国家による征服王朝の合間に、細々とエジプト人王朝が成立するような有様となったのでありました。
 そして紀元前341年ペルシア王・アルタクセルクセス3世による占領(=第31王朝の成立)を最後に、エジプト人によるエジプトという国は長い長い中断と相成りますエジプトが再び独立を果たすのは、それから約2300年後の1952年を待たなくてはなりません。

 ……以上で古代エジプト王朝の変遷についての話を終わります。次回は古代エジプトの文化についてお話する事にしましょう。(次回へ続く

 


 

10月10日(木) 演習(ゼミ)
「現代マンガ時評」 (10月第2週分)

 今週もゼミの時間がやってまいりました。
 新連載が重なっている割に今週はレビュー対象作が少なく、“チェックポイント”中心のゼミとなりますが、どうぞよろしく。

 ではまず、情報系の話題から。
 今週は「週刊少年ジャンプ」の月例新人賞・「天下一漫画賞」8月期の結果発表がありましたので、例によって受賞者及び受賞作を紹介しておきましょう。

第73回ジャンプ天下一漫画賞(02年8月期)

 入選=該当作無し
 準入選=該当作無し
 佳作=該当作なし
 審査員(許斐剛)特別賞=1編
  ・『THE EAST BULLET!』
   山田晶洋(24歳・東京)
 編集部特別賞=1編
  
・『スモージン』
   船井雪広(22歳・神奈川)
 最終候補(選外佳作)=4編
  ・『座敷童子』
   野寺寛(21歳・福岡)
  ・『マルイキウム』
   亀井栄治(21歳・愛媛)
  ・『RELIEF!?』
   後藤恭平(24歳・兵庫)
  ・『KARIN』
   櫻井マコト(22歳・奈良) 

 この内、野寺寛さんは、02年3月期に続く5ヶ月ぶりの最終候補残りとなりました。「設定もストーリーもありがち」と、審査員が誰かを考えると非常に痛い講評(苦笑)なのが気になりますが、映画や小説など色々なタイプの話に触れて、精進してもらいたいものですね。

 今日は新人賞関連でもう1つ話題を。
 少年マンガ界における新人原作者の登竜門と言えば、「ジャンプ」系の新人賞・「ストーリーキング」が真っ先に思い浮かびますが、この度「サンデー」にも同種類の新人賞が創設されることになりました
 この新人賞は「サンデー原作・原案ドリームステージ」という名称で、「ストーリーキング」にもあるネーム部門とキャラクター(デザイン)部門以外に、文章系の“読切原作部門”と“スペシャリスト部門(原案部門?)”が設置されています
 いかにも『ヒカルの碁』『アイシールド21』の後に続く3匹目のドジョウを狙ってる企画ではありますが、マンガ家志望者だけでなくて物書き志望の新人にも目を向けたあたり、なかなか鋭い狙いだと思います。ただ、本格的な作家志望の人が乗ってこないと、惨憺たる結果になりそうな気がしないでもありませんが…(苦笑)。

 
 さて、それでは今週のレビューへ移りましょう。
 今週のレビュー対象作「ジャンプ」の新連載1本だけになってしまいました。少々寂しいですが、その分“チェックポイント”で穴埋めしたいと思います。
 

☆「週刊少年ジャンプ」2002年45号☆

 ◎新連載『Ultra Red』作画:鈴木央

 “短期打ち切り→復活して長期連載となるも、やっぱり打ち切り”…という異例の展開を辿った作品『ライジングインパクト』鈴木央さんが、8ヶ月ぶりに週刊連載復帰となりました。
 一説によると(…などと駒木が書くと白々しいですが)、次はファンタジー物ではないか…と思われていたのですが、今回は格闘技モノでの新連載です。

 まず絵柄に関しては、前作『ライジングインパクト』と全然変わっていません。一応、前作とは違う雰囲気のキャラクターを出そうという努力の跡は窺えるのですが、どう考えても『ライジングインパクト』をどうしても想起させられてしまいますね(笑)。まぁ、「どの作品を見ても同じ顔」ってマンガ家さんも結構多いですから、これをマイナスポイントに挙げるのは酷だとは思います。
 しかし、主要キャラのことごとくが、日本人なのに日本人に見えないように思えてしまうのは駒木だけでしょうか(苦笑)。

 そしてストーリーはというと、一言で表現するなら“手垢付きまくり”の話。マンガ喫茶に陳列している『ベルセルク』くらい手垢がベットリと付いてしまっています
 何しろ、貧乏道場の近所に近代的な大手ジムが乗り込んできて買収しようとするが、そこへ拳法の達人たる主人公が現れて、その企みを阻止しようとする…という、ここ数年でもドラマやマンガで何回見たか分からないようなベタベタの展開です。また、「完全シリアス物で、今更技の名前を自己申告しながら戦うのはどうか」という部分も含めて、ハッキリ言って、もう少し工夫が欲しいところです。
 ただ、ストーリーの構成には唸らされる部分も多かったのも事実。特に、ストレスとカタルシスの与え方のバランスが絶妙で、読者が大きな不快感を感じないままで爽快感を得る事が出来るように仕上がっています。そういう意味では、鈴木さんの実力の高さを窺い知ることが出来る作品ではあるのですが……

 結局、この作品の“将来”は、これから如何にして既成の作品にないオリジナリティを出してゆくかにかかっているような気がします。格闘シーンの描写だって悪くないのですから、ストーリーの展開次第では思わぬ佳作・良作になる可能性もあるでしょう。とりあえず、あと2回、様子を見せてもらうことにしましょう。

 現時点での評価は、B+といったところでしょうか。

◆「ジャンプ」今週のチェックポイント◆

 ◎『A・O・N』作画:道元宗紀《第1回掲載時の評価:B−

 詳しくは次回の後追いレビューで述べたいと思いますが、とにかくアンバランスな作品だという事は理解できました。物凄く不親切なマンガなのだけれど、分かり易い点はとても分かり易い。本当にイビツです。
 ただ、今週最後の1ページ、これは見事なまでに素晴らしいプロレスマンガになっていました。万が一(?)、この作品が駄作になって打ち切られてしまっても、この1ページだけは高く評価したいと思います。

 ◎『BLEACH』作画:久保帯人《開講前に連載開始のため、評価未了》

 今週は、少年マンガでよくある“主人公の秘密特訓”及び“能力のインフレ”への導入ではあるのですが、それが全く陳腐に感じられないのは、構成力と演出力が高いという事なのでしょう。

 久保さんは、中途半端なコメディよりもゾクゾクするようなシリアス物の方が向いているのかも知れませんね。

 ◎『ホイッスル!』作画:樋口大輔《開講前に連載開始のため、評価未了》

 後日談で主要キャラ総ざらえという、典型的な最終回風ストーリーだったわけですが、“無理矢理放り込みました”…という感じにならなかったのは良かったと思います。最後の最後に意地を見せた形ですね。樋口さんは実力のある作家さんだと再確認できる最終回でした。それを考えると、日韓戦からのストーリー展開を間違えてしまったのがつくづく悔やまれます

 第1回から最終回までの総合的な評価は、A−寄りのB+といったところでしょうか。返す返す、打ち切るには惜しい作品だと思います。

 ……にしても、風祭は何の病気(ケガ)で、倒れたんですかね? 

 

☆「週刊少年サンデー」2002年45号☆

◆「サンデー」今週のチェックポイント◆

 ◎『一番湯のカナタ』作画:椎名高志《第3回掲載時の評価:A−

 やや人気伸び悩みの気配とあって、今回は“これでアンケート悪かったら打ち切りね”的なセンターカラーだったんですが、それにしても近年稀に見る大テコ入れを見せてくれました。ステップワゴンをフォーミュラーカーに改造するような方向転換です。後はこれが突破口になる事を祈るだけです。
 それにしてもこの作品は、「良い作品だけど面白みに欠ける」という、非常に困ったタイプの作品ですね。駒木はそういう作品も評価してあげたいと思う人間ですが、恐らくほとんどの方はそうじゃないでしょうからねぇ……

 ◎『からくりサーカス』作画:藤田和日郎《開講前に連載開始のため、評価未了》

 次から次へと伏線や謎を処理していってるわけですが、この辺りのストーリーや設定はいつ思いついたんでしょうかねぇ。もし、連載開始前から頭の中にあったとしたら、藤田さんは神だと思います(笑)。 

 

 ……といったところで今週のゼミを終わりたいと思います。来週は『遊☆戯☆王』の再開があるんですが、これについてはレビューを行わず、随時“チェックポイント”で述べていく形を取りたいと思います。

 では、また来週。
 あ、付け足しですが、『キメラ』作画:緒方てい)は今回も素晴らしかったと思います。このままもっと良い作品になってくれる事を祈りたいですね。

 


 

10月9日(水) 歴史学(一般教養)
「学校で教えたい世界史」(11)
第2章:オリエント(5)〜
古代エジプト王朝の変遷《続》

※過去の講義のレジュメはこちら
第1回第2回第3回第4回(以上第1章)/第5回第6回(以上インターミッション1)/第7回第8回第9回第10回

 今回も前回に引き続き、古代エジプト王朝の歴史について、述べてゆきましょう。前回は古王国時代の終焉まで見届けましたので、今日はその続きから始めます。

 古王国時代における最後の王朝・第6王朝が崩壊した後のエジプトは、一転して群雄割拠の状態に置かれます。古代のエジプトは、元々からして地方分権の傾向が強かったため、ファラオの力が衰えると、たちまち“先祖返り”が起こってしまうというわけです。
 特に社会の混乱を来たしたのが首都・メンフィス周辺でした。マンガ『北斗の拳』真っ青の無秩序状態に異常気象が加わり、深刻な食糧不足となって、たちまち都は壊滅状態となりました。長年栄華を誇ったメンフィスも、これをきっかけに一度古代エジプト史の舞台からフェード・アウトしてゆきます。

 ちなみに、この時期にも一応ファラオは存在していたのですが、多分に名目的な存在であり、実権はほとんど無かったと思われます。つまりは、エジプトという“箱”と、ファラオという“看板”はありますが、中はグチャグチャの状態と言うわけであります。
 今後も歴史を語る上で重要な事なので今述べておきますが、この時のエジプトのように、1つの国に1人の君主がいるからといって、それが必ずしも安定した1つの国ではない…というケースは結構多いものであります。身近な例を挙げれば、戦国時代の日本などもその典型例と言えるでありましょう。
 このように、一見立派な国が実はハリボテ同然で、事実上は多くの小国が分立しているだけ…という話は、これからの歴史でも多々見受けられますので、よく記憶しておいて下さい。「え? この時代のこの国って、そんな状態だったの?」…などと驚かれる事もあることでしょう。

 ……さて、このような極度の混乱期(第7、8王朝時代)が10数年続いた後、今度は上エジプトに2つの王朝が立つ、“南北朝時代”が90年ほど続きます。(第9、10王朝と第11王朝)
 その中で、上エジプトのテーベを都とする第11王朝が次第に力を伸ばし、紀元前2040年頃には“南北朝”を統一。約100年の混乱期にピリオドを打ちました。ここから中王国時代の始まりとし、それまでの混乱期を“第一中間期”と呼ぶのが通例です。

 中王国時代のエジプトは首都をテーベに置き、歴代のファラオたちは古王国時代のような中央集権国家を再び建設すべく、内政・外征に力を尽くします。しかし、中間期に権力の旨味を知ってしまった地方の実力者たちの抵抗は厳しく、暗殺の憂き目に遭ったファラオもいたようであります。
 それでも、時が経つにつれてファラオの権力は強まってゆきます。それを証拠に、この時代にも、大きさ・完成度共にかつてより見劣りする物ながら、多くのピラミッドが建設されています。ただ、古王国時代前半のように強大な権力を持つまでには至りませんでした。これは、古王国時代は死後の世界で神となる資格を持つのはファラオだけだったのに対し、中王国期にはそれが他の有力者にも“解放”されている事からもよく分かるところであります。

 しかし、中王国・エジプトの盛期は短いものとなってしまいました。紀元前19世紀に入り、以前のような官僚制中央集権国家が成立したまでは良かったのですが、無能なファラオが後継者となった際に、権力を宰相などの官僚に牛耳られるというパターンまで再現されてしまったのです。
 結局、紀元前18世紀に入って間もなく、再びエジプトは混乱期に入ります。中王国時代(第11〜12王朝)が終わり、第二中間期と呼ばれる時代に突入します。

 これから250年弱続く第二中間期は、エジプト統一王朝の誕生以来1300年余りにして、初の異民族王朝が成立した時代であり、エジプト人にとっては屈辱にまみれた時代でもあります。
 この時代の“客演主役”となった民族ヒクソスといい、現在のヨルダン辺りに住んでいた人々が、エジプトの混乱に乗じて侵入したものです。彼らは、初めは傭兵などとしてエジプト社会の内部に入り込み、やがて紀元前1650年頃、エジプト人王朝の衰退を見てクーデターを起こし、最後には下エジプトを拠点として国全体を乗っ取ってしまいましたプロレスで言えば、チャンピオンベルトが他団体のレスラーに奪われるようなものであります。
 こうしてヒクソスは、古代エジプト王朝史の第15、16王朝に名を残すことになります。ただし、彼らのエジプト支配は、それほど強力な中央集権が完成できたわけではなく、後の世の封建制度のように、地方のエジプト人有力者に土地を与えて自治させ、ファラオはその有力者に睨みを効かせる程度に留まったようです。それでも、ヒクソスのファラオは元々が傭兵の大親分がみたいなものですから、なかなかその“睨み”は眼光鋭いものであったようでありますが……。

 被支配民族になる屈辱を受けたエジプト人が立ち上がるのは紀元前1570〜50年頃で、旧都テーベに成立していたエジプト人の地方政権(第17王朝)が、エジプト解放を旗印に独立戦争を開始。次第にヒクソスを圧倒して、最後はパレスティナにまで遠征して、これを滅亡にまで追い込みます
 これは先のプロレスの喩えで言うなら、ベルトを取り返すだけではなく、団体そのものまで潰してしまうといったところでありましょうか。まぁ何はともあれ、こうして初めてエジプト人を脅かしたアジアの異民族は歴史上から消え去り、再びエジプト人によるエジプト社会が復活することになりました

 これ以後のエジプトは新王国時代という事になります。この時代は、古代エジプト史の中で最も語るべき部分の多いところでもありますので、これは次回に多めに時間を取ってじっくりお話したいと思います。では、また次回に…(次回へ続く) 

 


 

10月7日(月) 歴史学(一般教養)
「学校で教えたい世界史」(10)
第2章:オリエント(4)〜
古代エジプト王朝の変遷

 ※過去の講義のレジュメはこちら
 →第1回第2回第3回第4回(以上第1章)/第5回第6回(以上インターミッション1)/第7回第8回第9回


 前回から古代エジプト文明の歴史に突入していますが、今日はその2回目。エジプト統一王朝について、時系列に沿ってお話してゆきたいと思います。

 さて、この少し前にお話したメソポタミアの歴史では、「攻め易くて守り難い地形ゆえに、侵略と王朝交代が多い」…というのが特徴でした。
 しかしエジプトはその逆であります。周囲が砂漠で強い力を持つ外敵が少ない上に、エジプト全体が要害の地であるため、他民族の侵入はあまりありませんでした。古代エジプトは33の王朝が成立しましたが、そのほとんどはエジプト国内での政権交代であります。よって、これからお話する歴史の中で特に述べる事が無ければ、王朝交代といっても、エジプト国内での比較的平穏な王朝交代であると認識して頂きたいと思います。

 そんなエジプトに、部族国家を統合した統一王朝が初めて誕生したのは紀元前3100〜3000年頃。上エジプトの北辺にあるテュニスという都市を首都にしたのでテュニス朝とも呼ばれます。
 この王朝を創り上げた初代の大王──いわゆるファラオと呼ばれる──は、当時の化粧版に残された文字からナルメルという名だったと言われています。「世界史B用語集」や教科書には、初代の王としてメネスという名前が載っていますが、これは紀元前3世紀の文献に記載されている伝説上の名前。実際には、恐らくナルメルかその次代のファラオであるアハと同一人物ではないか…とされています。
 このナルメルが開いた第1王朝と、その後の第2王朝までの400年弱を初期王朝時代と言います。この間には、ファラオに権力を集中させる、いわゆる中央集権体制の確立や、効率的な税徴収のための土地台帳作成、さらにはエジプトの外への遠征や交易も実施しています。この時期に古代エジプト王朝の基礎が作られたと見て、まず間違いないでしょう。

 そして紀元前27世紀半ば、第3王朝成立とほぼ時を同じくして、首都が下エジプトの大都市・メンフィスに移転されます。これをもって古王国時代の到来とします。
 古王国時代は第3王朝から第6王朝までの約500年間とされ、地方分権色の強かった古代エジプト王朝の中でも、最もファラオの権力が強かった時代であると言われています。これは、王朝の要職をファラオの親族で固めるなど、徹底的な同族支配と有力部族の排除によってもたらされたものでした。

 この時代におけるファラオの強大な権力を文字通り天下に知らしめているのが、ファラオ1人ごとに建造された巨大なピラミッドの数々であります。
 ピラミッドは、初期王朝時代にも小規模な日干しレンガ造りの“マスタバ”と呼ばれる墳墓が建てられていましたが、古王国時代のピラミッドはスケールが違いすぎるくらい違います。それらの巨大建造物は、偉大なるファラオと彼に支配されるエジプトという国家の象徴に相応しいものでありました。
 古王国時代のピラミッド群の中でも特に有名なものは、第4王朝の第2〜4代のファラオであるクフ、カフラー、メンカウラーによってそれぞれ建てられた3基のピラミッドで、その完成度の高さなども含めて“ギゼーの3大ピラミッド”と称えられています。蛇足かも知れませんが、あのスフィンクスが造られたのもこの時期です。
 最も大きなクフ王のピラミッドとなると、高さ152m、底面積が6ヘクタール(!)というとんでもない規模になっており、10万人規模の作業員が30年がかりで、2トンの石材を230万個用いて造ったと言われています。我々現代人が、ささやかな“高層”ビルを建てて、“近代建築の粋”云々と言っているのが恥ずかしくなるほどの、まさに“エジプト古代建築の粋”を集めたものが、このピラミッドであります。
 ところで、これらのピラミッドは単なる王の墓だと思われがちですが、実は太陽神(ひいては神の子であるファラオ)を崇拝するための神殿という意味合いの方が強かったようです。ピラミッドの正四角錐は太陽光線の象徴というわけなのですね。また、学者の中には「ピラミッドは王の墓ではなかった」という説を唱える人も少なからずいるようです。 

 余談ですが、我々の貧困な想像力では、「ピラミッド建築」と聞くと真っ先に、「重労働を強いられる奴隷が、厳しい役人にムチ打たれている」様子を思い浮かべてしまったりしますが、これは、誤解を受けて文献を残した歴史家の著述を読んで更に誤解をした作家諸氏の過失であります。
 本来の姿は、農閑期の農民が数年から十数年に一度、衣服や食料の支給を受けてピラミッド建築に従事している…というもので、今風に言えば、国土交通省管轄の公共事業でありました。現実はあくまで現実的なのであります。

 ……さて、このようにファラオが権力を一身に集めて栄華を誇った古王国時代のエジプトですが、徐々にファラオを取り巻く状況は変化して行きます
 と言いますのも、王朝が大きく発展してゆくにつれ、国がファラオ1人の手に負える物では無くなってしまったのです。そのため、然るべき官僚組織が整えられ、行政のプロに実務を委ねるようになってゆきました。そしてそれは、ファラオ一族の要職独占が崩れた事を意味します。
 ただ、この構造改革自体は名を捨てて実を取った機能的なものであり、ファラオにとっても有益な面が多いものではありました。しかし官僚制は、為政者が少しでも油断すると、実質権力を部下であるはずの官僚たちに食い物にされ、国自体が地盤沈下を起こしてしまいます。これは戦後の日本に住む貴方なら、非常によくお分かりのことだと思います。
 そして事実、エジプトの古王国王朝も、この官僚制に足を引っ張られて衰退していくことになります。ファラオは実権を失い、続いて国力そのものが失われ、エジプトは第6王朝の終わりと共に無政府時代に突入します。そしてこの後、エジプトはリスタートを切るまでに約100年間の混乱期を体験する事になります。
 しかし、エジプトの歴史はまだ始まったばかりでした。(次回へ続く) 

 


 

10月6日(日) 映像文化論
「アニメ『ドラえもん』大幅リニューアルの是非」(2・終)

 ※前回のレジュメはこちらから

 さてさて、前回の講義から早1週間。ついにアニメ『ドラえもん』のリニューアルが決行されました。その内容は──!

 ……と、今回は威勢の良い冒頭の文句を用意しておりました。が、前回の講義終了後から、
 「リニューアルと言っても、とりあえずはオープニングととエンディングの歌とアニメが変わるだけ」
 とか、
 「ミニドラも、とりあえずはその週に出てくるだけで、新キャラ入れてテコ入れ云々というのは新聞記者の早とちり」
 …などという新事実が次々と判明。そのため駒木は、安堵感と脱力感と怒りが均等に芽生え、思わず身悶える羽目に陥りました。とりあえず一連の記事を配信したアホウは、荒縄で緊縛した上にジャイアンリサイタル会場へ放置したい気持ちで一杯であります。
 そして、問題のオープニングとエンディングでありますが、駒木を含めた巷の評判は「思ったほど酷くは無い」…といった感じの微妙な出来。まるで無理矢理参加させられた合コンの感想のみたいな話になってしまいました。

 ──そんなわけで、駒木にとっては、1週間経ってみたら講義の存在意義が根底から揺らいでいた…という最悪の事態に。「こんなことだったら、林家こぶ平兄弟の悪口言ってた方がマシだった」と頭を抱えてしまいました。

 しかし、一度講義を始めた以上は簡単にポシャらせるわけにもいきませんので、ここは急遽企画を変更し、

「こんな『ドラえもん』リニューアルは嫌だ!」

 ……という、「週刊少年ジャンプ」の投稿欄みたいな路線で穴埋めを試みたいと思います。受講生の皆さんのおっしゃりたい事は分かりますが、西村知美のマラソンを観るような気持ちで、どうぞしばらくお付き合いの程を……。


 ◆その1:「ジャンプ」のマンガみたいなリニューアル(その1)

 いつも通りの平和な日常を謳歌するドラえもんやのび太たちの下へ、突如23世紀からやって来た人々が侵略して来る。彼らは、自分たちが住む世界を過去ごと塗り替えてしまおうという過激派集団だった。
 彼らの持つ23世紀の“ひみつ道具”の力は絶大だ。なんと超小型の武器にも関わらず、一瞬にして小学校を裏山ごと消し去ってしまう。
 その強大な力の前に大人たちはパニックに陥り、たちまち町は恐慌状態となる。しかしそんな中、ドラえもんと少年たちは、大人たちに代わって邪悪な敵に立ち向かう。ドラえもんの持つ22世紀の道具では劣勢は否めないが、少年たちは、敵が持っていない勇気と友情の力で互角に健闘する
 しかし、悪の力は容赦をしない。1人、また1人と命を落としてゆく少年たち。そして、ついに魔の手は、我らがアイドル・しずかちゃんにまで──
 愛する少女を失ったのび太の体に、大きな異変が訪れる髪の毛は金色に輝き、肉体も頭脳もまるで別人のように変身する。実はこれまでの“泣き虫でダメな少年”ののび太は、人間の限界を遥かに超える潜在能力を無意識に抑えていただけだったのだ!
 “スーパー21世紀人”と化したのび太の前に、もう障害は無かった。次々と敵を薙ぎ倒し、遂にはラスボスとの最終決戦へ。アニメにして2時間(4週間分)の時間を費やして、とうとうのび太が勝利する。そして敵から奪った23世紀の科学の力で、死んだ仲間たちと破壊された町を復活させ、ハッピーエンド……

 と、思ったら、今度は24世紀から敵がやって来る。

 今度はスネ夫やジャイアンだけじゃなく、ドラえもんも殺される(壊される)が、敵を倒したら蘇生出来る事が分かっているので、観ている方も安心しながらバトルを堪能できる。
 敵の強さがインフレしているので、のび太の“スーパー21世紀人”も通用しなくなっているが、そこは正義の力でなんとかする。

 24世紀人を撃退したところで、ドラえもんから「もうちょっとだけ続くんです」のメッセージ。

 次の舞台は4年後。16歳になったのび太は高校生に。原形を留めないほどカッコ良くなっている彼は、当然しずかちゃんを彼女にしていて、デート中に絡んでくる不良を2秒で半殺しにするくらい逞しくなっている
 そこへ、25世紀からの敵が来襲。今度はかつて戦った23世紀と24世紀人とも連携しながらのスケールの大きい戦いに。もうジャイアンとかスネ夫は、強さのインフレの前にゴミ同然
 で、放送期間にしてまた2年くらいかけて、何とかのび太たちが勝つ。

 今度は更に8年くらい経って、のび太に子供(ノビスケ)が出来ている。ノビスケは4歳くらいなのに、既にのび太と同じくらいの潜在能力を持っている。
 26世紀人登場。途中でのび太が死ぬが、ノビスケがドラえもんの力を借りて、何とかやっつける。

 また4年くらい経って、今度は27世紀人が来襲。のび太親子が協力してやっつける。

 ドラえもんからまた「もうちょっとだけ続くんです」のメッセージ。その直後、のび太が何故か放浪の旅に出て、物語終了。


 ◆その2:「ジャンプ」のマンガみたいなリニューアル(その2)

 普段通りの毎日を過ごしていたのび太だが、ひょんなことから、「世界小学生バトルオリンピック」なる格闘技大会の日本代表に認定されてしまう。
 放送コードスレスレに顔を歪めながら慟哭して抵抗するのび太だが、仕方なくドラえもんのひみつ道具で特訓して、それなりの体に鍛えてオリンピックに臨む事に。
 会場(太平洋上に浮かぶ小島)に到着してみると、そこには世界中から集められた、とても小学生とは思えない各国の代表たちがいる。中には明らかに人間じゃない者もいる。中国代表は30秒で対戦相手をラーメンに変えてしまうし、インド代表は殺した相手にカレーを擦りこむドイツ代表は毒ガスまで吐き○○民主主義人民共和国代表は、対戦相手を次々と●●して不戦勝で予選決勝まで勝ち進む
 そんな猛者揃いの中を日本代表・野比のび太は、ひみつ道具の力とご都合主義で予選、本戦を次々と勝ち抜いてゆく。
 のび太の決勝の相手は4年前の大会でも優勝したイギリス代表。本当なら勝ち目は全く無かったが、ルールをオマケしてもらって、一瞬の隙を突いて勝つ。これでハッピーエンド……になるはずが、視聴率が良いので続行

 その後ののび太は、オリンピックで知り合ったアメリカ代表とタッグを組んで世界中を渡り歩いたりするが、大きな試合に遅刻して、オリンピックのチャンピオンベルトを取り上げられる。空位の王座を巡って「世界小学生バトルオリンピック・ザ・ビッグファイト」開催。
 今度は、どう考えても機械で出来たロシア代表の小学生とかいるが、なんとかのび太が優勝。
 余談だが、この年の年末特番「名作アニメ名場面100」の3位に、「ロシア代表の凶器攻撃で脳味噌をえぐられる中国代表のシーン」がランクインする。

 今度は“7人の悪魔に心を売った小学生”が現れる。
 ドラえもん7つに分解される。
 のび太、2人に勝ったところで力尽きる。
 オリンピックのライバルたちが、のび太に代わって戦うが、2勝3敗で3人死ぬ。一番間抜けな死に方をしたのは、何故か頭数に入っていた日本の小学生横綱
 復活したのび太、頑張って3人やっつける。ドラえもん、ギリギリセーフで復活。視聴者は誰もが「もう一度新しいの作れば良いじゃん。ロボットだし」と考えていたが、面白いから目をつぶる

 黄金のマスクを巡って、新しい敵が来襲。
 わざわざスモールライトで小さくなって、ロシア代表の体内で5対5のバトルが展開される。
 敵のボスはダイアモンドの固さを持つ鎧を着込んだ小学生。放送期間にして2カ月がかりでやっつける。

 唐突にタッグリーグ戦開催死んでたキャラが何の脈絡も無く蘇ったりしてて、段々いろいろな部分がおかしくなって来る。

 実は大財閥の家柄だった野比家の遺産を巡って、最後のバトルが勃発
 野比のび太ビッグボディとか、野比のび太フェニックスとか、趣味の悪い名前の敵がゾロゾロ出て来る。余りにも間延びした展開に、2ch掲示板に「もうエエから弁護士呼んで決めろや」の声多数
 優勝はやっぱり野比のび太。これまでの設定を無視して、しずかちゃんではなく、他の大財閥の令嬢と政略結婚して完結

 15年後、「野比のび太2世」というマンガが連載開始。アニメ化。


 ◆その3:某ギャルゲーみたいなリニューアル

 ある日、突然のび太の家に12体のドラえもんが集結。のび太をそれぞれ別々の言い方で呼んで“かわいがる”。

 「のび太くん」
 「のび太さん

 「のびちゃん」
 「のびくん」
 「のび太様」
 「のび〜」
 「のびちゃま」
 「のびやん

 「のび公」
 「おい、のび太、コラ!」
 「お前、ちょっとパン買って来い」
 
「チャッソー! チャッソー!」


 ◆その4:つんくプロデュースの主題歌

 藤子キャラクターを動員して、シャッフルユニット結成。3つのグループが、月替わりで主題歌を担当。F先生のキャラとA先生のキャラが混在して、色んな意味でドえらい事に

 ☆グループA(3人)☆
 メンバー:オバQ、エスパー魔美、のび太
 ユニット名:三途の川

 ☆グループB(5人)☆
 メンバー:ドラえもん、キテレツ、パーマン4号(パーやん)、ケムマキ、喪黒服造
 ユニット名:五島列島

 ☆グループC☆
 メンバー:ジャイアン、スネ夫、出来杉、ドラミ、ハットリくん、コロ助、小池さん、パーマン2号、ドロンパ、O次郎、ミスターX、魔太郎
 ユニット名:12人参加バトルロイヤル
 曲名:7分46秒、回転エビ固めで勝者・ミスターX


 ……さて、いかがだったでしょうか?

 やはり、ここまでやっても思うのは、
 「『ドラえもん』にリニューアルの必要なし」
 …という事、ただ一つであります。
 今回のリニューアルは別にして、最近は映画版でもないのにジャイアンが良いヤツになっている…などの話を聞いたりもします。子供への影響を考えての演出変更だとも言われていますが、果たしてそれが本当に子供たちのためになっているかどうかは、極めて疑問です。
 今回の講義を反面教師にして、『ドラえもん』のスタッフ諸氏には、残された重要文化財の寺院をラブホテルに改築するような愚行は止め、F(藤本)先生が残して下さった、ありのままの『ドラえもん』で勝負してもらいたいと思います。
 それでは、ボロボロの企画になってしまいましたが、これで講義を終わります。(この項終わり)

 


 

10月5日(土) 競馬学概論
「仮想競走・20世紀名馬グランプリ」(1)

駒木:「G1レースの合間だけど、今週もはりきって競馬学の講義を始めよう」
珠美:「でも今週は『名勝負プレイバック』ではないんですね。今日の講義はどういった趣旨のものなんでしょうか?」
駒木:「これは、実はずっと前から温めていた企画ではあるんだけどね。『20世紀の競馬オールスター戦をやったらどんなレースになるんや?』っていう、よく競馬ファンが居酒屋で酒呑みながらやるヨタ話を、ちょっと真面目に考えてみようっていう事なんだ。
 ほら、『三冠馬5頭の中で一番強いのはどの馬か?』とか、『オグリキャップがダービー走ってたらどうだったろう?』とかあるじゃない。それのデラックス版って事だね。強い馬を集めて来て、レースしたらどうなるだろうって予想してみるんだよ」
珠美:「なるほど、だから『仮想競走』なんですね」
駒木:「そういう事。で、今回は20世紀を代表する馬を16頭集めて来て、それぞれが絶好調の状態でエントリーして来て、中山の芝・2500mを走らせると仮想する。つまりは有馬記念だね。普通の有馬記念はその年1年間のグランプリだけど、今回は100年分のグランプリってわけ」
珠美:「確かにそれは面白そうですねー。競馬ファンじゃない受講生の人には難しすぎるかも知れませんけどね(苦笑)。
 あ、でも出走馬はどうやって決めるんですか? どういった基準で決めても異論が出てきそうなんですけど……」

駒木:「そこなんだよね(苦笑)。競馬好きの皆さんは、それぞれの思い入れが物凄く強いから。
──その辺は僕も大いに迷ったんだけどね、やっぱりここは有馬記念らしく、ファン投票で決定しようかと
珠美:「ファン投票ですか?」
駒木:「もうみんな忘れているかも知れないけど、2年前にJRAが大々的に実施した『20世紀の名馬100』って企画があったよね。それを活用してみようかと思うんだよ。ちょっと乱暴かも知れないけど、票数の多い馬から順番に出走してもらう事にする
珠美:「あの企画は『最近の馬に順位上位が集中している』って異論があったように思うんですけど、大丈夫なんですか?」
駒木:「うん。確かにそういう傾向はあったけどね。どう考えても名馬じゃないだろうって馬が100位以内にランクインしていたりとかあった。僕も『なんでツインターボやねん』って言ってた(苦笑)。
 でもね、順位上位をズラリと並べてみたら、完璧とは言えないけれども、それなりには納得出来るメンバー構成になっているんだよ。まぁとにかくどんなメンツがいるのか見てもらおうかな」

1位 ナリタブライアン
2位 スペシャルウィーク
3位 オグリキャップ
4位 サイレンススズカ
5位 トウカイテイオー
6位 シンボリルドルフ
7位 シンザン
8位 ハイセイコー
9位 エアグルーヴ
10位 エルコンドルパサー
11位 ライスシャワー
12位 メジロマックイーン
13位 グラスワンダー
14位 テンポイント
15位 マヤノトップガン

珠美:「…なるほどー、確かに粒揃いのメンバーですね。あ、でもやっぱり90年代以降の馬に偏ってる気が……
駒木:「確かにね。80年代以前の馬で、この中に入っててもおかしくない馬をざっと挙げてみると、セントライト、トウショウボーイ、グリーングラス、カブラヤオー、スーパークリーク、トキノミノル、マルゼンスキー、キーストン、スピードシンボリ、タケホープ、テスコガビー、メイズイ、ヒカルイマイ……他にも沢山いるだろうね。
 けどさ、これらの馬と上位15頭のどれかを入れ替えたら入れ替えたで、また問題になって来るんだよなぁ(苦笑)。個人的には17位にいるミホノブルボンをどうにかしてあげたい気持ちもあるし(笑)。
 …まぁ、タイムも内容も、年を経るごとに進歩しているんだという事を考えると、最近の馬を優先してもバチが当たらない気がするしね。第一、セントライトとかメンバーに入れても予想のしよう無いし(苦笑)。とにかく今回はとりあえずこれで行こう。また要望があれば、年代別対抗戦とか、短距離馬グランプリとかも実施してもいいだろうし」
珠美:「そうですねー。…あれ、でも博士、フルゲートは16頭ですけど、15頭しか出てませんよ?
駒木:「それなんだ。16位は実はタイキシャトルなんだけど、この馬が2500mの有馬記念を走るのは、いくらなんでも無理がある。これだけの馬を、わざと負けるレースに出走させるのは失礼だしね。
 なので、ここは“ワイルドカード枠”を採用しようと思う。これも議論し始めたらキリが無いんだけど、もしもこの投票が2000年シーズン終了後に行われたとしたら(注:『20世紀の名馬100』の投票は2000年春に行われた)間違いなく15位以内に滑り込んでいたと予想できるテイエムオペラオーに登場頂こう。エントリー馬の紹介は後で詳しくするけど、2000年シーズン無敗、G1レース7勝というのは文句無しの経歴だと思うよ」
珠美:「では、最後の1頭はテイエムオペラオーで決定ですね。やっぱり90年代の馬に偏ってる気がしますけど、確かに馬券的には面白そうなレースになりましたね」
駒木:「それじゃあ、出走馬16頭のプロフィールを解説していこうかな。今日の講義はこれだけでほとんどの時間が潰れちゃいそうだ(苦笑)」
珠美:「ハイ。それでは選出順位上位から順番に出走馬を紹介してゆきましょう」

★第1位 ナリタブライアン号★

 :ブライアンズタイム :パシフィカス 母の父:Northern Dancer/現役期間:1993〜96年
 通算戦績21戦12勝(G1レース5勝)2着3回・3着1回《成績の詳細はこちらを参照》

 主な勝ち鞍:朝日杯3歳S(93年)、皐月賞、東京優駿、菊花賞、有馬記念(以上94年)

 表彰など:顕彰馬(24頭目)、最優秀3歳牡馬(93年)、年度代表馬、最優秀4歳牡馬(以上94年)

駒木:「1位はナリタブライアン。文句ナシ…とは言えないけれども、確かに1位選出の資格はあるだろうね。故障した後の不振でミソを付けたけど、絶頂期は天井が見えないくらい強かったしね。G2レースに出てくると格の差で違和感感じるくらい強い馬だったよ」
珠美:「世代別の投票結果では、20代から40代の各世代で1位。50代、60代以上でもそれぞれ3位、4位でした」
駒木:「いわゆる“ルドルフ世代”の40代にも認められているというのが興味深いところだね。ノスタルジーをも凌駕するインパクトってところだろうか。この辺り、シンボリルドルフをリアルタイムで知らないでナリタブライアンのリアルタイムを知っている僕にとっては非常に興味深いところだ」

★第2位 スペシャルウィーク号★

 :サンデーサイレンス :キャンペンガール 母の父:マルゼンスキー/現役期間:1997〜99年
 通算戦績17戦10勝(G1レース4勝《うち国際G1レース1勝》)2着4回・3着1回《成績の詳細はこちらを参照》

 主な勝ち鞍:東京優駿(98年)、天皇賞・春、天皇賞・秋、ジャパンC(以上99年)

 表彰など:特別賞(99年)

駒木:「17戦して着外が1回だけの優等生ホースダービーも勝って、天皇賞の春秋連覇もやって、ジャパンカップまで勝ってるのに、年度代表馬どころか部門賞も獲れてないんだよね(苦笑)。引退レースは引退レースで、武豊騎手が勘違いするくらいの僅差で2着になって締まらない終わり方だし、どうもツイてない感じ。
 でもその割には、投票結果は上位なんだな。これが面白いところだね」
珠美:「世代別では、20代で2位、30代で4位、40代以上では5位になってます。やっぱり若い世代の支持を集めていますね」
駒木:「いやいや、高年齢層の人の順