「社会学講座」アーカイブ(大食い特集・2)

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講義一覧

8/18 文化人類学 「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(4)〜総括」
8/11 
文化人類学「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(3)〜早大食い・大食いの部」
7/31 文化人類学 「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(2)〜スプリント・早食いの部」
7/29 文化人類学 「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(1)〜早飲みの部」
7/5  
文化人類学「ネイサンズ・国際ホットドッグ早食い選手権・結果速報」
6/25 文化人類学「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権展望」
4/5  文化人類学「『フードバトルクラブ3rd』TV観戦レポート(2)」
4/4  文化人類学「『フードバトルクラブ3rd』TV観戦レポート(1)」
3/22 
文化人類学「『TVチャンピオン・全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦・決勝大会TV観戦レポート(2)」
3/21 
文化人類学「『TVチャンピオン・全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦・決勝大会TV観戦レポート(1)」
3/15 
文化人類学「『TVチャンピオン・全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦・地区予選TV観戦レポート&決勝大会展望(2)」
3/14 
文化人類学「『TVチャンピオン・全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦・地区予選TV観戦レポート&決勝大会展望(1)」

 

8月18日(日) 文化人類学
「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(4)〜総括」

 いよいよ、このシリーズも今日で最終回、総括という事になりました。
 今日は、全カテゴリの一覧表の公開をし、さらに今年上半期のフードファイト界の動きについて述べさせてもらいます。

 ※前回までのレジュメ…第1回(早飲み系競技)第2回(早食い系競技)第3回(大食い系競技)

 

 ──では、まずは全カテゴリのハンデ一覧表ですが、今回もスペース・容量の都合で別ページとさせて頂きました。この一覧表ページから各カテゴリの解説文へリンクが繋がってますので、どうぞご利用ください。 

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 ……次に、総括文に移ります。例によって、文中敬称略・文体を常体に変更しますので、どうぞよろしく。


 2001年の総括の際に駒木は、2001年という年を「激動」という言葉で表現した。
 本来なら短期間での言葉の重複は避けるべきであろう。しかし、敢えて今回もこの言葉を用いる。2002年上半期は、まさに激動の半年間であった。

 だが、同じ言葉を用いるにしても、その意味合いは随分と違う。2001年の“激動”はフードファイト界という狭い世界の中での“激動”だったが、今年のそれは、業界の外からの圧力によって、フードファイト界そのものが地盤もろとも揺るがされたという意味での“激動”であった。

 今更ながらの話ではあるが、実はこの“激動”の素因のようなものは、随分と前から業界内外にくすぶってはいたのだ。
 「いつか、こういう事態になるのではないか?」、
 または、
 「そういう事態になったなら、その時どうすれば良いのだろう?」
 ……そんな事を考えていた人も多かったはずである。しかし、そんな人たちも、昨年来の、“大食いバブル”とも揶揄された業界内の“激動”の中で翻弄されてしまい、誰も明確な回答を引き出す事は出来ないでいた。
 そして、“それ”は突然やって来た。いや、突然では無かったのかもしれない。必然の事が最悪のタイミングで襲って来た。そういう事だったのかもしれない。
 その後は悲惨だった。何気なくハイカーに捨てられたタバコの吸殻が、次々と樹木に引火して大きな山火事になるように、1つの悪材料が悪影響を与えつつも次の悪材料を作り出し…というようなネガティブな連鎖反応が次々と起こった。
 気が付いたらフードファイト界は、これまでの10年間で築き上げて来た殆どのものを失い、茫然自失の状態に陥った。色んなモノを失って、始めてフードファイト界の住人は、大事な事を忘れていた事に気が付いた。ある者は悲嘆に暮れ、またある者は激しく憤った。だが誰が何をしようと、覆った盆の水は、もう二度と返る事はないのである──。

 ……と、どうやら、やや抽象的な事を長々と話し過ぎたようだ。これでは、受講生の方には余りにも不親切に過ぎよう。
 では、ここで今年の“激動”の様子を、詳細に、時系列に沿ってお話する事にしよう。時計の針は、若干の余裕を持って、2001年の12月暮れまで巻き戻す。

 

 2001年暮れ、テレビ情報誌に掲載された年末年始の番組表を見て、多くのフードファイト・ファンは思わず天を仰いだ事だろう。
 年末・年始は、番組改変期の4月、10月に次ぐTV特番シーズンである。そしてそれは、フードファイト番組が一斉に放映されるという、フードファイト・ファンにとってはたまらない時期でもあるのだ。小林尊の雄姿に黄色い声援を飛ばし、白田信幸のパフォーマンスに嘆息を漏らし、競技に使われていたステーキやケーキが無性に食べたくなり、荒れまくる大食い系BBSを見て静かにキレる。…まぁ、端的に言えばそんな事を毎日繰り返すというのが、このシーズンである。
 当然、この2001〜02年の年末年始でも、多くのフードファイト番組や、フードファイト企画のある番組が放映予定となっていた。だが、問題は1月3日のタイムテーブルにあった。
 この1月3日のゴールデンタイムに、なんとTBS系「フードバトルクラブ」とテレビ東京系「大食い選手権」の両特番がバッティング。さらに、他局でも同時間帯のバラエティ特番内で、有名選手が多数出演するフードファイト系企画が放映される事になったのである。
 これは、目一杯大袈裟に言えば、サッカーW杯とオリンピックと世界陸上を同時にやるようなものである。体はともかく、テレビやビデオを2つ、3つ用意しないと対応しようが無い事態になってしまった。多くのファンは、「大食い(フードファイト)が盛んになるのは嬉しいんだけどなぁ…」などと思いながら、どの番組をリアルタイムで視聴し、どの番組をビデオ撮りし、どの番組を諦めるかで頭を悩ませたのであった。

 また、この番組バッティングは、TV業界内の確執も呼んだ。いや、冷戦状態が高まって、ついに直接衝突に至ったと言うべきか。
 確執の主役となったのは2つのテレビ局だった。1つは、10数年来に渡って「大食い選手権」を放映し、フードファイト番組のノウハウを作り上げて来たテレビ東京。そしてもう1つは、高額賞金のフードファイト競技会「フードバトルクラブ」で一躍、業界最大手の団体に登りつめたTBSであった。この両局の首脳が公の場で顔を合わせた際、テレビ東京の首脳がTBS側に直接「フードバトルクラブ」について不快感を表明したのである。水面下で視聴率戦争をしていても、テレビ局の首脳が公の場で他局を非難する事は極めて異例であった。

 この確執の原因は勿論、お互いが同日同時間帯に同種の番組をぶつけて来た(そして視聴率戦争で後発のTBSが大差で勝利した)ことであるのだが、それ以前からの伏線めいたものも存在する。
 実は、TBSでは「フードバトルクラブ」の開始以前から度々、フードファイトの競技会とその特番を実施・放映して来た。しかしそれらの企画は、構成が稚拙な上に、肝心の出場選手のレヴェルが低く、一般層はおろかフードファイト・ファンの支持も得られず失敗に終わっていた。
 だが、そんな反省の上に企画された「フードバトルクラブ」では、構成面で(かなりの問題は有れど)格段の進歩を見せただけでなく、「大食い選手権」の10倍以上と言う破格高額賞金を用意し、「大食い選手権」出身一流選手の招聘に成功した。
 こうなれば、元々テレビ局としての地力に勝るTBSである。「フードバトルクラブ」が一般層に対する知名度や認知度、さらに視聴率で「大食い選手権」を凌ぐのにそれほど時間はかからなかった。
 これでたまらないのはテレビ東京である。せっかく自分たちが発掘して来た選手たちをヘッドハンティングされて、しかも視聴率戦争で敗れてしまっては、何のために「大食い選手権」をやっているか分かったものではない。しかも「大食い選手権」はテレビ東京の看板番組だ。長かった視聴率低迷期を救ってくれたという恩義もあり、たただの番組ではないのである。以前から、複数のテレビ局で番組の企画を奪い合って、その関係がギクシャクすることは度々有るが、今回の件はテレビ東京にとっては特殊な事だ。その屈辱、いかばかりか。
 もっとも、テレビ東京もただ手をこまねいているだけではなく、色々と手を尽くしたようである。出場選手の待遇改善や、某有名選手を専属タレント化しようとまでしたらしい。だが、選手のTBSへの流出は止められず、専属化を試みた某選手からは、テレビ東京側の致命的な過失があって、逆に三くだり半を突きつけられる始末であった。
 看板番組を“汚され”た屈辱感と、劣勢を挽回できないと言う無力感。テレビ東京関係者の心中は、そのような複雑な感情がない交ぜになっていたのだろう。そしてそうしたものが、テレビ東京の首脳が公の場でTBS側に直接批判すると言う直接行動に繋がったのではないだろうか。
 幸いにも、この確執はそれほど悪い方向には進展せず、そのまま終息に向かった。しかし、この確執がその後の両テレビ局の(特にテレビ東京の)姿勢に変化をもたらしたのも事実である。これはまた、後で述べよう。

 

 さて、この年末年始のフードファイト番組ラッシュの後、昨年以来、徐々に増加していたフードファイト選手のテレビ番組への露出や、全国各地のフードファイト・イベントの数が更に増えていった。
 これは、明らかに一般層のフードファイトに対する認知度とイメージの向上ぶりを示す事であり、長年業界外からは色眼鏡で見られがちだったフードファイト界にとっては、大変喜ばしい事だったと言える。
 また、この時期にはアングラ雑誌・『噂の真相』にフードファイト業界の内部告発めいたレポートが掲載されたりしたが、これも事の善悪は別にせよ、フードファイトというものが一般層でメジャーなものになって来たという証だと言えよう。
 ちなみに『噂の真相』に書かれたレポートは、1人の選手がライターに情報提供をして書かせたものだと推定されるが、その内容は、情報提供した某選手が得をし、その選手と業界内で対立する選手たちが不利になるように虚実を混ぜて書かれているようである。ここで下衆な犯人探しをする事は避けておくが、その『噂の真相』をお持ちの方は、このレポートで誰が一番得をするかを見極めておくべきだと思われる。

 

 …こうして、フードファイト選手の各方面への露出が進んでいくと、本来は“素人”であったトップクラスの選手たちのタレント化が進んでいったのは言うまでも無い。
 そうなると、スケジュール管理やギャランティー交渉、さらには雑収入に対する税金の対策など、様々な雑務が選手たちの活動を圧迫する事になる。また、先にも挙げたが、テレビ東京が某選手を、その本人が預かり知らないところで専属タレント化しようとするなどのトラブルも発生していた。
 ところがそういう背景に置かれている選手たちの殆どは、学業や職業を持つ“兼業”選手であり(山本晃也のように知人にマネージャーをしてもらっている選手もいるが)、これらの諸問題に対して余りにも無力であり無防備であった。駒木は業界内の人間と言うわけではないので詳しい事は知る由も無いが、一躍売れっ子になった選手たちの中には、戸惑いと不安を抱いていた者もいただろう。
 そうした状況の中、日本フードファイト界の一流選手の大半(小林尊、白田信幸、山本晃也、高橋信也、射手矢侑大、加藤昌浩、立石将弘、小国敬史、山形統、以上順不同)を所属選手として誕生したのが、FFA(=Food Fighter association)なる団体であった。
 このFFAは、所属選手のイベントやテレビでの活動のマネージメントや、グッズ販売、さらには所属選手参加によるイベントの企画を行う団体で、言わばフードファイト選手専門のプロダクションというわけである。しかも一説によるとこのFFA、大企業のスポンサーも得ている、かなりバックボーンのしっかりとした団体のようである。
 これにより、所属選手たちは諸々の雑務から解放されるだけではなく、それまでどうしても受身にならざるを得なかったテレビ局との関係も、対等に近い形で交渉が出来るようになった。逆に言えば、テレビ局は自局主催のフードファイト競技会(番組)を成功させるためには、FFAを通じて所属の一線級選手をブッキングしなければならなくなったわけで、これまでのような口約束やいい加減な対応は出来なくなった事になる。
 この新たな関係は、一見すると話がややこしくなったように思われるが、関係そのものは以前に比べて明らかに健全である。
 勿論、これまではテレビ局がフードファイト界を支えて来たのは確かだ。しかし根本的に、テレビ局にとってフードファイトとは、会社の営利を得るための一手段に過ぎない。当然ながら、テレビ局はフードファイトのために存在するわけではないのだ。
 それに対し、FFAはフードファイトの発展が団体の目的そのものであり、存在意義でもある。そういう団体が、営利の手段としてフードファイトを求めるテレビ局と交渉して、選手を派遣する。これは、選手たちにとってもフードファイト界そのものにとっても理想に近いものであろう。
 というわけでこのFFAは、資金力的な規模ではTBS、テレビ東京に次ぐ三番手ながら、人的規模においては両テレビ局を圧倒するという極めてユニークな団体となった。これからのフードファイト界は、どのような形に発展していくにしろ、このFFAを抜きにしては考えられなくなるのは確かである。今後も注目が必要だ。

 

 3月下旬、FFAの設立と相前後して、春のメジャー系フードファイト競技会が開催された。TBS主催の「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」と、テレビ東京主催の「全国大食い選手権・全国縦断最強新人戦」である。
 大会の結果等については、既に詳しく述べているのでここでは省略するが、「フードバトルクラブ──」は早飲みとスプリント競技のみに特化された、過去に類を見ない競技会となったが、トップ選手の奮闘と早飲み系新人選手の健闘が光り、メジャータイトル戦に相応しいハイレヴェルな競技会となった。ただ、テレビ業界の大不況に伴う賞金総額の大幅な減額や番組放映時間の短縮などの懸念材料も浮き彫りになった。視聴率そのものは同時間帯で首位をキープし、番組の存続自体には問題が無いものの、番組制作費の更なる削減などがあれば、競技会のグレードダウン等の悪影響も考えられるだけに心配である。
 一方の「大食い選手権」新人戦は、昨年来の劣勢に危機感を抱いたテレビ東京が制作費を大幅に増額して勝負に出た。全国5都市で予選を開催するなど大会規模を拡大し、さらに番組の演出方法も大幅にアレンジを加えた。今年の新人戦は、発掘された新人選手の平均レヴェルはやや小粒に留まったものの、競技会と番組そのものは極めて完成度の高いものとなった。番組放映後の業界内外の評判も上々で、昨年危惧されていた「大食い選手権」のマイナー化や衰退が杞憂に終わった事を印象付けた。まさに、フードファイト番組の老舗・テレビ東京の底力を見せつけられた出来事であった。

 

 こうして、今年春までのフードファイト界は、まさに順風満帆であり、業界内の情勢判断も極めて楽観的なものが多かった。不況の影響は確かに感じられたが、その悪条件を補って余りあるだけの勢いが、確かにその時のフードファイト界には備わっていた。

 だが、勢いはあくまで勢いであった。
 この時点のフードファイト界には、業界全体を揺るがす大きな出来事が起こった際、それを受け止めるだけの基礎体力はまだ備わっていなかった。それをいつの間にか、皆が忘れていたのである。
 そこへ、嵐が吹き荒れた。

 4月27日、何の前触れも無く、新聞各紙の社会面に「中学生、テレビ番組をまねて給食パンで窒息死」という記事が踊った。その内容は、
 「今年の1月、中学2年生(当時)が、テレビ番組(駒木注:恐らく『フードバトルクラブ・キングオブマスターズ』であろう)を真似て給食時間に友人と早食い競争をしたが、その際誤ってパンを喉に詰め、昏倒。約3ヵ月後の4月24日に死亡した」
 ……というものであった。
 このニュースは、言い方は悪いが、いかにも“ネタ”になりそうなものだっただけにマスコミの反応も大きかった。新聞によっては3段ブチ抜きのスペースで掲載される事もあったし、テレビのニュースでも報道された。死亡した側の過失による事故としては異例とも言える扱いであった。

 そしてこのニュースをきっかけにして、フードファイト界に対しては猛烈な“逆風”が吹き荒れ始めた。4月下旬から予定されていたフードファイト・イベントやローカル系の競技会が続々と中止となり、さらにはテレビのワイドショーを中心とした“フードファイト・バッシング”も開始された。
 出る杭を叩くのが仕事のようなものであるワイドショーにとって、最近メキメキと存在感を増しつつあったフードファイトは格好の標的だったのである。

 この突然の“逆風”に、フードファイト界は何ら為す術が無かった。FFAはまだ設立当初で、団体がまとまってこの事態に対応できる状況に無く、他の個人で活動している選手やフードファイト・ファンたちは、自分たちの意見を幅広く広める手段を持ち得なかったし、テレビなど大手マスコミに対するパイプも無かった。いや、もしパイプが有ったとしても、フードファイトを擁護する立場の人間が、望むような形で新聞やテレビに出演する機会は与えられなかったであろう。マスコミとはそういうものである。
 そんなわけでフードファイト界は、荒れ狂う波の中、ただ我が身の無事を祈りつつ、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかったのである。

 いや、その状況の中で、表立った行動を取ったフードファイト選手が1人いた。フードファイト界の早食い・スプリント競技反対派の急先鋒・岸義行であった。

 岸は、メジャーデビュー当時は早食い系競技会にも多く出場していた。テレビ東京系の「早食い選手権」では3位入賞の実績もあるし、ローカル系競技会においては、わんこそばの早食い日本記録まで樹立して未だにそれを保持している。だが、昨年秋以降を境に突如として早食い系競技を批判し始め、その廃止を訴えるまでになった。事故の報道直後から、岸自身の運営するウェブサイトにも「危険な早食いより安全な大食いを推進しよう」旨の主張が掲載されたのは記憶に新しいところである。
 本当に早食いが大食いより危険なのかはさておき、岸はどうしてそこまで早食い系競技に敵意を剥き出しにするようになったのだろうか?
 彼は「フードバトルクラブ1st」において、寿司を喉に詰めて窒息寸前という事態を経験しているが、その後、「フードバトルクラブ2nd」で数々の早食い系競技に参加していることから、それが直接の原因ではないはずだ。
 また、死亡事故の報道前の彼は、「(早食い系競技では)味わう事無く食べ物を飲み込む。それは食べ物を粗末にしているから良くない」という理由で早食い系競技を批判していたが、事故の報道後は「窒息の恐れがあり、危険だから」という主張に切り替えている。これも彼の経歴から考えると、やや不自然であると言わざるを得ない。何故、事故が報道される前から、自らの窒息事故の経験を元に早食い競技の危険性を訴えなかったのだろうか?
 このように、岸の早食い系競技に対する反感を分析するのには、どうも要領を得ない。欠席裁判のような状態で憶測を交えた事を述べるのは止めておくが、彼の主張には、絶えず何か奥歯に挟まった印象を受けるのは否定できないものがある。

 結論の出ない話はひとまず棚に預け、とりあえず話を戻そう。
 ワイドショーがフードファイト批判を繰り広げる中、岸は自ら進んで“フードファイト選手代表”として番組に出演し、早食い系競技批判を展開した。彼の計算では、自分の発言をきっかけにして世論の助けを借り、自説の「早食い廃止・大食い推奨」を実現するつもりだったはずだ。
 その結果、どうなったか。
 効果は絶大であった。岸の主張を聞いた一般層の人たち、特にマスコミの影響を受けやすい人たちは思った。「大食いは危険である」、と。
 岸は肝心な所を読み違えていた。一般層の人々にとっては、いくらフードファイトに対する認知度が上がって来たとは言え、未だ早食いと大食いの区別がついていなかったのである。そこへテレビで見た事のあるような有名な選手が「早食いは危険である」と言ったらどうなるだろうか──?
 そこから生まれた結果は更なる猛“逆風”であった。イメージ悪化を敏感に感じ取ったテレビ局は姿勢を硬化。TBS系「フードバトルクラブ」とテレビ東京系「大食い選手権」と「早食い選手権」の無期限開催休止が決定され、とりあえず7月一杯までのフードファイト番組放映は中止が決まった。
 特にテレビ東京の首脳は、早食い系競技中心の「フードバトルクラブ」に対するライバル心もあって、早食い系競技会(つまりネイサンズ国際の予選会)の廃止を窺わせる発言をするにまで至った。ネイサンズ国際は、フードファイトの凄さを一般層にアピール出来るかけがえの無い機会であるだけに、これは大打撃としか言いようが無い。
 岸の目指したものが正しかったかどうかは、この際置いておこう。だが、結果として、彼の行動がフードファイト界にとって大きなマイナスをもたらしたという事だけは確かである。フードファイト・ファンの意見の中で「早食い擁護」が多数を占めた事が判明して以来、岸は早食い批判を控えて沈黙を守っているが、今後早食い批判を続けるにしろ撤回するにしろ、この事に関しては本人の猛省を求めたい。

 こうしてフードファイト界は未曾有の大打撃を被ったが、辛うじて救いだったのは、この激動を経験した選手やファンが、フードファイト界を離れる事無く、懸命にこれを支え、復旧・復興を目指そうとした事だった。人は宝である。人的損害が無ければ、どんな深刻なダメージを受けてもリカバリーは早いことだろう。

 

 では最後に、下半期の展望めいたものを付け加えて、今回の総括の締めとしたい。

 まず、未だ無期限休止が撤回されていないテレビ局主催のメジャー系競技会であるが、テレビ局側の様子を窺う限り、どうやら少なくとも「大食い選手権」のオールスター戦は実施できそうである。ディフェンディング・チャンプの白田信幸をはじめとする大食い系のトップ選手や、さらには山本卓弥、舩橋稔子といったルーキーたちの活躍によって大いに大会を、そしてフードファイト界を盛り上げてくれる事を祈ろう。

 6月頃に入ってようやく活動が軌道に乗ってきたFFAは、7月のネイサンズ国際で早速その力を発揮した。
 前年度王者の小林尊の派遣や現地でのマネージメントだけでなく、結局不成功に終わったが、ワイルドカード枠での高橋信也の出場を主催者側に打診するなど、その姿勢と意欲は十分評価できるものであった。
 また、ネイサンズ国際の試合ビデオも発売にこぎつけるなど、これまでのテレビ局主導の状況下では不可能であった企画がどんどん実現に向かっている。
 ただ、課題もある。団体設立から4ヶ月になるが、一般層へのアピールがまだまだ欠けているのは否定できない。FFAはフードファイト界と言う狭い世界だけの団体であってはいけない。最近はようやく改善されつつあるとは言え、未だにフードファイトを見るたび「気持ち悪い」と顔をしかめる人もたくさんいる。そういう人たちをフードファイトに振り向かせる事が大切であり、またそれがFFAの使命とも言えよう。

 最後に最近はすっかり影が薄くなってしまった岸義行主宰の「日本大食い協会」についても述べておこう。フードファイト界第4位の団体である。大食い協会は、この秋には第2回の「全日本大食い競技選手権」を開催予定だという。
 この競技会の第1回大会には、小林尊、白田信幸をはじめとする現在のフードファイト界を支える一線級選手が多数出場したことから、本来なら大いなる期待を抱きたいところではある。しかし今回は現時点で既に主力級選手の大半が欠場を表明し、開催そのものが危ぶまれる事態に陥っている。
 これにはどうやら、前回大会の運営に関するトラブルや、岸と他の選手との競技観及び競技に対する姿勢のすれ違いなど、様々な要因が絡み合っているようで、解決の糸口すら見つからないのが現状だ。
 もしこれで大会が中止に追い込まれた場合には、岸のフードファイト界における求心力が大幅に低下する事も考えられる。この秋は、大食い協会にとっても岸にとっても大きな正念場と言えるだろう。

 

 ……さて、いささか総括としては長くなりすぎたが、これで今回の企画の締めくくりとしたい。最後に、フードファイト界に幸あらんことを── (この項終わり) 

 


 

8月11日(日) 文化人類学
「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(3)〜早大食い・大食いの部」

 ※レジュメはこちらから→第1回(早飲み系競技)第2回(早食い系競技)

 今回の「2002年度・フードファイターフリーハンデ(以下、FFフリーハンデと略)中間レイト」も今日で3回目。今日は大食い系競技のフリーハンデ値を発表し、一応全てのレイトが出揃う事になりますが、申し訳無い事に、まず今回も前回分の訂正から始めなければなりません。

 前回の小林尊選手についての解説文中で、
 「試合終了後、2位のエリック=ブッカー選手からクレームがつき、それについて主催者側の審議が行われた」
 ……という旨を記したわけですが、これは誤りでした。ブッカー選手は競技時間中、小林選手の方を見ておらず、その後もクレームをつけた事実はありませんでした
 クレームをつけたのは、小林選手の隣で競技をしていた、チャールズ=ハーディ選手(2001年ネイサンズ国際第3位)サイドで、彼とTV観戦していた彼の知人が、試合及びイベントが終了してから「コバヤシは失格ではないか」という旨のコメントを発表。それについて主催者側が小林選手を失格としない判定を下し、さらにその模様が現地の新聞やTV番組で報道された……というのが真相でした。
 以上、関係者各位にお詫びして訂正いたします。

 さて、今回は大食い系競技の3カテゴリについてのフリーハンデ値とその解説をお送りします。解説文中は敬称略、および文体の常体への変更を行いますので、ご承知おき下さい。


「2002年度・FFフリーハンデ・中間レイト」
〜早大食いカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
62 山本 卓弥
59.5 舩橋 稔子
55.5 楊木田 圭介
52.5 久保 仁美
52 須藤 明広

 ※主な競技結果※

なにわ大食い選手権 第1ラウンド

ハンデ(上位3名)
()は他競技での最高値

選手氏名
62 山本 卓弥
58.5(59.5) 舩橋 稔子
55.5 楊木田 圭介
なにわ大食い選手権 第2ラウンド

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
62 山本 卓弥
59.5 舩橋 稔子
49(55.5) 楊木田 圭介
全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
第3ラウンド(早大食いカテゴリのみ)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
52.5 久保 仁美
52 須藤 明広
49(59.5) 舩橋 稔子

 

〜大食い45分カテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
62 山本 卓弥
58 舩橋 稔子
57 久保 仁美
56.5 河津 勝
55.5 須藤 明広
  55.5 皆川 貴子
  55.5 近藤 菜々
55 白瀬 貴浩
53.5 羽生 裕司
10 52 嘉数 千恵
  52 碓井 高貴
12 50 金田 浩司
  50 手塚 欽昭
14 49.5 大山 康太
  49.5 佐藤 清
16 48.5 西林 伸晃

 ※主な競技結果※

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
北海道予選 決勝ラウンド

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
56.5 河津 勝
50.5(55.5) 須藤 明広
50 金田 浩司
50 手塚 欽昭
48.5(49.5) 大山 康太

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
東京予選 決勝ラウンド

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
54.5(55.5) 皆川 貴子
54(57) 久保 仁美
52 碓井 高貴
49.5 佐藤 清
48.5 西林 伸晃

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
名古屋予選 決勝ラウンド

ハンデ(上位2名)
()は他競技での最高値

選手氏名
53.5 羽生 裕司
53(55.5) 近藤 菜々

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
福岡予選 決勝ラウンド

ハンデ(上位2名)
()は他競技での最高値

選手氏名
52 嘉数 千恵
48.5(55) 白瀬 貴浩

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
第1ラウンド

ハンデ(上位4名)
()は他競技での最高値

選手氏名
60.5(62) 山本 卓弥
58 舩橋 稔子
56.5(57) 久保 仁美
56.5 河津 勝

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
第2ラウンド

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
62 山本 卓弥
56.5(58) 舩橋 稔子
56(57) 久保 仁美
55.5(56.5) 河津 勝
55(55.5) 須藤 明広

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
第4ラウンド

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
57 久保 仁美
56.5 河津 勝
56.5(58) 舩橋 稔子
52(55.5) 須藤 明広

 
〜大食い60分カテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
62 山本 卓弥
59 舩橋 稔子
58.5 久保 仁美
56.5 河津 勝

 ※主な競技結果※

なにわ大食い選手権 決勝

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
62 山本 卓弥
59 舩橋 稔子
全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
決勝
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
59 舩橋 稔子
58.5 久保 仁美
56.5 河津 勝

 

 2002年の上半期シーズンには、テレビ東京主催の「全国大食い選手権」の新人戦(テレビ東京主催の競技会に参加経験の無い者のみに出場資格がある)と、その予選会の他にメジャー級の大食い系競技会は開催されなかった。
 そのため今回の大食い系3カテゴリのフリーハンデに登場した選手たちは、TBS主催の「フードバトルクラブ」でデビューした河津勝以外、全てメジャー大会初出場のルーキーたちである。

 その「全国大食い選手権」新人戦(以下、「新人戦」とする)は、1998年から毎年4月の番組改変期特番に合わせて実施・放映される大食い系フードファイターの登竜門的な競技会で、過去の“新人王”には岸義行、岩田美雪ら、現在でも第一線で活躍している選手たちがその名を連ねている。
 特に新人が“豊作”だったのが昨年度で、“新人王”の射手矢侑大を始め、白田信幸、立石将弘、高橋信也といった、現在のフードファイトシーンを代表するような選手たちが、この登竜門をくぐっていったのである。

 そしてこの“大豊作”を受けて今年、この「新人戦」は、より多くの優れた新人を発掘するために、全国5箇所で予選会を実施。それに伴って本大会の参加枠も従来の5から10に倍増させた。
 この「新人戦」の規模拡大には、TBS主催「フードバトルクラブ」の勢力伸張に危機感を持った「大食い選手権」サイドが、“まだ見ぬ強豪”の青田買いを狙ったという意味合いも、恐らくはあっただろう。
 しかし皮肉な事に、この年の「新人戦」でデビューしたルーキーたちのレヴェルは、お世辞にも昨年を上回るものとは言えなかった。その結果、予選通過のボーダーライン上にいた選手の水準がいつにも増して低くなり、「新人戦」の前半部分が散漫なものとなってしまったのは残念であった。
 だが、この「新人戦」そのものは、個性豊かな上位入賞選手の好パフォーマンスや、洗練された番組演出によって、終わってみれば非常に素晴らしい競技会となった。このテレビ東京と「大食い選手権」の功績については、また次回の総括で述べる事にする。

 そういうわけで“大豊作”とはいかず、せいぜい“平年並み”に終わってしまった今年のルーキー戦線だったが、それでも即戦力クラスの逸材がいないわけではなかった。
 「新人戦」の近畿地区予選を兼ねた「なにわ大食い選手権」に、若さと言うより幼さが抜けきらない印象の少年・山本卓弥が姿を現した時、彼がそれから常識外れのパフォーマンスを連発する事を予想した者はどれだけいただろうか?
 そんな風に、予選会場を埋め尽くした他のルーキーと同様に全くのノーマークだった彼は、緒戦のタコ焼き30分勝負から150個・6.0kg完食という素晴らしい記録を残して周囲をアッと言わせた。
 そして、第2ラウンド以降もこの快進撃は止まらない。白玉ぜんざい104杯・5.2kg、カレーうどん大盛15杯という好レコードを連発して後の2002年“新人王”・舩橋稔子を一蹴。いとも簡単に初タイトルを獲得してしまったのである。
 特にその決勝では、会場にゲスト解説として現れた赤阪尊子をして、ただただ「凄い」と驚嘆せしめたのが印象深かった。このシーンは、昨年度の「新人戦」準決勝ラウンドにおいて、当時無敵の王者として君臨していた小林尊が射手矢侑大を激賞した場面とダブって見える光景であった。
 こうして一躍「新人戦」の優勝候補筆頭に名乗りを挙げた山本は、本大会でも“平年並み”水準の他地区の選手たちとは次元の違う食いっぷりを見せ、その序盤戦を余裕残しのままブッチギリの成績で圧勝した。
 この時のテーマ食材は豆腐や麦とろ飯などといった、食べ易くて消化に良いものであったから、どうしてもフリーハンデ値は伸び悩んでしまうのだが、それでも山本には62ポイントと言う高レイトが与えられた。これは“女王”・赤阪尊子と互角の実力である事を証明するもので、まさに一流選手への分水嶺と言える。山本はそんなレイトを余裕残しのまま獲得してしまったわけで、本当に空恐ろしい話であろう。
 だが、このまま決勝まで続くかと思われた山本の快進撃は突如、急ブレーキがかかってしまう。
 本来なら消化を促進する食材であるはずの麦とろ飯が、その翌日になっても彼の胃の中で全く消化されずに溜まってしまったのだ。普通ならただの消化不良で済むような話でも、その量が7kgを超えるとなれば大事になる。結局、山本は第3ラウンド開始前にドクターストップという形で戦線離脱を余儀なくされる事となった。
 この突然の体調変異は、どうやら慣れない環境に長時間置かれた事による極度の緊張が原因だったようである。人並み外れた胃袋を持つスーパールーキーも、やはり人の子だったと言う事か。
 そんなわけで、メジャータイトル獲得はならなかった山本だが、そのささいな躓きが彼の存在価値そのものに傷をつけた訳ではない事は、大食い系3カテゴリを完全制覇した彼の高くて安定したフリーハンデ値を見ればよく分かるだろう。
 白田信幸の独走が続き、やや閉塞した印象も抱かせる現在のフードファイト・シーンだが、秋シーズン、彼が大きな風穴をブチ開けてくれる事を期待しよう。

 実力最右翼の山本卓弥がリタイヤするという大波乱に翻弄された今年の「新人戦」、栄えある第5代“新人王”に輝いたのは、身長158cm体重40kgという“小さな女王”舩橋稔子であった。
 舩橋は山本卓弥と共に「なにわ大食い選手権」でデビューし、そこで準優勝となって本大会出場権を得る。山本の強烈なパフォーマンスの前には、さすがの後の“新人王”も影が薄かったが、舩橋もまた、他地区の予選通過者とは1ランク上の好成績を収めており、本大会でも相応の成績が期待された。
 そしてその本大会でも、舩橋は序盤戦から山本卓弥に次ぐ成績を挙げて、その実力が間違いなく全国区である事を証明する。さらに山本がリタイヤした後は、第3ラウンドで苦手の餡巻きに苦しんだ以外は危なげの無いパフォーマンスで決勝進出を果たし、その決勝でも60分勝負を際どく逃げ切って、見事にメジャータイトルを奪取。同時に秋のオールスター戦への出場資格を獲得した。
 本当に小柄な体格の舩橋が、大男たちをバッタバッタとなぎ倒して実現したこの優勝劇は、まさに見ているものにとって痛快極まりないものではあった。だが、話題を
「舩橋稔子はオールスター戦でも通用するのか?」という方向に向けてみると、そうそう浮かれてばかりもいられないのも、また事実である。
 何故ならば、舩橋は決勝戦で明らかに自身の胃容量の限界を露呈してしまったからだ。舩橋の決勝戦での記録から推定すると、どう贔屓目に見ても彼女の胃容量は6kgには届かない。この数値では、トップクラスと伍してゆくには明らかに力不足なのである。
 これでスピードがあるならば、まだスプリント選手への転進も図れるところなのだが、舩橋の場合、その点に関しても不安は多い。小柄な体、小さな口という“逆・白田信幸”とも言うべき彼女の体型は、本来ならば極めてフードファイトには不向きなのである。
 せっかくの快挙に水を差すようで悪いのだが、舩橋には早くもフードファイター人生に関わる大きな正念場が訪れている。彼女が赤阪尊子以来のトップ級・女性大食い選手となるのか、それとも先輩の女性新人王・岩田美雪のように、準一流選手としてフェードアウトしてゆくのか、全てはこの秋にハッキリすることになるだろう。

 この2名以外の選手では、残念ながら、去年以来格段に層の分厚くなったトップクラスに混じって好成績を挙げられそうな選手は見当たらなかった。地区予選決勝レヴェルの選手は勿論、本大会の前半で脱落した選手たちでも、秋のオールスター戦で出場最低資格の寿司100カンを完食できるかどうかは、極めて微妙と言わざるを得ない。
 それでも敢えて有力新人を挙げるならば、「新人戦」で決勝進出を果たした久保仁美河津勝になるのだろうか。だが、久保は胃容量はともかくスピードに難があり過ぎるし、河津の方も4kgソコソコという胃容量では、大食い系競技で戦ってゆくには余りにも心許ない。何しろ、河津が今回獲得した56.5というレイトでは、去年の「新人戦」なら予選を通っているかどうかすら怪しい数字なのである。
 実は、そんな彼らでも、10年前のレヴェルならば十分優勝候補に挙げられる実力を持っているのだ。それだけ、この10年で日本のフードファイトは急速な進歩を遂げて来た事になるのだが、ある意味においては、時の流れは余りにも残酷であるという事でもある。


 ……と、いうわけで大食い系カテゴリの「FFフリーハンデ」をお送りしました。次回は全カテゴリの数値を網羅した一覧表と、この半年のフードファイト界を概観した総合解説文をお送りする予定です。では、また次回をお楽しみに。(次回へ続く

 


 

7月31日(水) 文化人類学
「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(2)〜スプリント・早食いの部」

 今日は「2002年度フードファイター・フリーハンデ(以下、FFハンデと略)中間レイト」の2回目、「スプリント・早食いの部」をお送りするのですが、その前に一昨日お届けしました「早飲みの部」(レジュメはこちら)で訂正がありましたので、先にお伝えしておきます。

 まず、詳細な記録が不明であった事によりレイティングを控えておりました、青木建志選手の「ペットボトル早飲み」カテゴリのポイントですが、その記録が判明しましたので、レイティング58を追加しています。
 また、白田信幸選手の「ペットボトル早飲み」カテゴリのレイティング60も追加しています。これは、「フードバトルクラブ3rd」の準決勝第2ラウンドでのウーロン茶1.5L早飲み対決を失念していたものでした。
 いずれも既にレジュメでは加筆修正済みですが、再度お確かめ頂ければ幸いです。

 
 ──さて、では今日の「スプリント・早食いの部」に移らせて頂きます。
 この「FFフリーハンデ」では、“食べる”競技のカテゴリを5つに細分化して、それぞれのレイティングを行っています。その5つのカテゴリは、以下の通りになります。

◎スプリント=5分以内 
◎早食い=5分超15分以内 
◎早大食い=15分超30分以内 
◎大食い45分=30分超60分未満 
◎大食い60分=60分以上

 このカテゴリ分けは、いわゆる“早食い”と“大食い”との間に引くべき境界線を設定する…という意味合いがあります。
 “早食い”と“大食い”の解釈は識者の間でも分かれているのが現状で、未だ定義づけの決着を見ていません。しかしこの「FFフリーハンデ」では一応の解釈として、「(人が胃袋の限界まで食べる事が出来ないような)短い時間内で、どれだけたくさんの量を食べられるかを競う」ものを“早食い”系競技そして「一定の長時間をかけてたくさんの量を食べることで、食べるスピードだけでなく消化能力や胃袋の大きさを競う」ものを“大食い”系競技として扱います。
 そして、“早食い”系競技の中でも競技時間によって細分化を図ります。超短時間での瞬間的なスピードを競う5分以内の競技を「スプリント」、スピードの持続力が要求されるような競技時間のものを「早食い」としました。
 また、“大食い”系競技でも、競技時間によって「早大食い」、「大食い45分」、「大食い60分」と分けています。これは、競技時間が長くなるにつれて、求められる能力が食べるスピードから胃の容量や消化能力にシフトしていくという事を考慮したものです。

 ……と、いうわけで今日は“早食い”系競技を対象にした2つのカテゴリについて、各選手のレイティングとその解説をお届けします。解説文は選手名敬称略、及び文体を常体(だ、である調)に変更します。


「2002年度・FFフリーハンデ・中間レイト」
〜スプリントカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
66.5 白田 信幸
66 小林 尊
65 山本 晃也
64 高橋 信也
63.5 射手矢 侑大
  63.5 小国 敬史
  63.5 立石 将弘
62 新井 和響
58.5 木村 登志男
10 56.5 ヒロ(安田大サーカス)
11 53.5 加藤 昌浩
12 49.5 山根 優子
  49.5 植田 一紀
  49.5 高橋 明子
15 49 渡辺 勝也
16 48.5 駿河 豊起
17 48 土門 健

 ※主な競技結果※

FBC3rd 1stステージ
寿司40カンの部

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
66.5 白田 信幸
66 小林 尊
64(65) 山本 晃也
63.5 射手矢 侑大
62.5(64) 高橋 信也

FBC3rd 1stステージ
カレー1kgの部

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
65 山本 晃也
64 高橋 信也
63.5 小国 敬史
63.5 射手矢 侑大
63.5 立石 将弘
FBC3rd 準決勝第1試合
第1、3ラウンド(餃子)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
60(66.5) 白田 信幸
59(65) 山本 晃也
FBC3rd 準決勝第2試合
第1ラウンド(チーズケーキ)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
58(66) 小林 尊
48 土門 健
FBC3rd 準決勝第3試合
第1ラウンド(チーズケーキ)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
57(64) 高橋 信也
53.5 加藤 昌浩
FBC3rd 決勝
(スプリントカテゴリ競技総合評価)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
66.5 白田 信幸
66 小林 尊
58.5(64) 高橋 信也

 

〜早食いカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
67 小林 尊
60.5 エリック=ブッカー
60 オレッグ=ツォルニツキー
56.5 河津 勝
56 羽生 裕司
  56 原田 満紀子
  56 近藤 菜々
  56 夏目 由樹
  56 大石 裕子

 ※主な競技結果※

全国大食い選手権 日本縦断最強新人戦
第3ラウンド(早食いカテゴリのみ)

ハンデ
()は他競技での最高値

選手氏名
56.5 河津 勝

ネイサンズ 国際ホットドッグ早食い選手権

ハンデ(上位3名)
()は他競技での最高値

選手氏名
67 小林 尊
60.5 E・ブッカー
60 O・ツォルニツキー

 

 昨年から日本のフードファイト・シーンで急速に進めれられた競技の高速化・記録のインフレ化の流れは、昨年末の時点で記録のインフレ化が一応の限界を迎えた辺りから、今度は競技の高速化のみに絞られてレヴェルの向上が図られるようになった。即ち、競技の早食い化からスプリント化への転換である。
 その競技のスプリント化を大きく進展させたのは、昨年、それまで大食い系競技の従属物に過ぎなかった早食い系競技の地位をフードファイト界の中で確固たるものにした事で知られる、TBS主催の「フードバトルクラブ」であった。
 今年から「フードバトルクラブ」は、春に早食い系オンリー(実際は早飲み競技とスプリント競技だが)の競技会を開催し、フードファイトでのスピードの限界を追求する姿勢を露わにした。そして選手たちも、既に限界に近いと思われていた従来の記録を大幅に更新してその期待に応え、早食い系競技のさらなる地位向上に貢献した。各選手のレイティング値をご覧頂ければ分かると思うが、トップ選手の平均的レヴェルは、既に大食い系競技のそれを凌駕していると言って良い。
 だが、好事魔多しとはよく言ったものだ。「フードバトルクラブ3rd」放送から間もなくして、フードファイト番組(恐らく「フードバトルクラブ」の事だと思われる)を観て早食い競技の真似をした中学生が食べ物を喉に詰まらせて窒息死するという事故が報道され、状況は一変してしまったのである。
 この、恐らくは1人の通信社記者が好奇心にまかせて配信したたった1本のニュースにより、早食い系競技だけではなく、フードファイト全体にも「危険である」というレッテルが貼られてしまい、激烈なイメージダウンを被ってしまった。実はこの際、フードファイト業界内から一般層へ向けての対応が余りにも不味かった事が、そのイメージダウンに拍車をかけてしまったという側面もあるのだが、それは総括に譲ることにしよう。とりあえずここでは起こった出来事の流れだけを追っていくことにする。
 この一連の事故報道の直後から、まずは全国各地で開催が予定されていたフードファイト・イベントが次々と中止となった。この種のイベントは、一般層へフードファイトの何たるかを認知させるという効果を持つと共に、世間一般のフードファイトに対する好感度の現われでもある。そんなフードファイト・イベントが中止になったという事は、即ち、一般層へのイメージを何よりも重視するテレビ局──メジャー系フードファイト競技会の主催者でもある──の態度を硬化させてしまう最悪の事態に繋がってしまう。TBSとテレビ東京で予定されていたネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権に関する特番は放映中止となり、テレビ東京主催の予選会も中止。そればかりか、今秋以降のフードファイト競技会と番組放映の実施すら白紙に戻されてしまったのである。
 もっとも、秋以降のスケジュールに関しては、未だ「中止」と明言されていないだけに、どうやら比較的イメージの悪くない大食い系競技会から“復活”させていくのではないか…という楽観的な推測が多数意見を占めている。少なくともフードファイトそのものがTV業界から抹殺されるという最悪の事態は避けられそうではある。
 しかし、それでも今回の一連の騒動は、せっかく隆盛を極めるところまで成長した早食い系競技に致命傷を負わせる“痛恨の一撃”であった。ひょっとしたら、今回が“スプリント・早食いの部”としての最後の解説文となるかもしれない(ネイサンズ国際がある限り、カテゴリが消滅する事は無いだろうが)。この本文中では希望的観測も込めて、これからも早食い系競技が国内のメジャー競技会で実施されるという前提の下で筆を進めるが、これをご覧の方も一応の“覚悟”を持って読み進めて頂くようお願いする。
 
 
 昨年下半期から始まった小林尊の苦悩は、今年になってもまだ続いていた。
 日本初の早飲み・スプリント系競技会となった「フードバトルクラブ3rd」。そのレギュレーションの内容から「小林尊絶対有利」の下馬評が圧倒的多数を占めたこの大会で、彼は三度、白田信幸の前に屈した。しかも予選から本戦決勝に至るまで、全ての競技で白田の後塵を拝するという屈辱的な完全敗北であった。これまでは、勝ち上がり過程ではダントツのトップを取りながら、決勝だけ白田得意の大食い系競技で敗れて準優勝…という“惜敗”パターンだっただけに、早飲み・スプリント系競技で喫したこの完敗は、非常にダメージの深いものであったと言える。もう今では誰も彼を“最強のフードファイター”とは認識していないだろう。彼の第一期黄金時代は完全に終焉を迎えたと言える。
 だが、ここで簡単にフェードアウトしないのが小林の小林たるところ。彼は、国内で“アンチ・フードファイト”のムードが収まらない中でも黙々とリベンジのチャンスを窺っていた。そして7月、満を持して彼は、手元に唯一残されたメジャータイトル・「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」の防衛戦に臨むため渡米したのである。
 現地での彼は、当日までマスコミ取材等の殺人的スケジュールに引きずりまわされた上、大会会場が気温37℃の屋外という最悪のコンディションに晒されていたが、鍛錬に裏打ちされた実力と彼の精神力が、そんな悪条件を見事に克服した。昨年のこの選手権で記録した12分間で50本という大記録を僅かに更新する50本1/2をマークし、堂々の二連覇、そして1年ぶりのメジャー大会優勝を達成した。それはタイトル防衛であると共に、彼が小林尊である事の防衛でもあった。
 小林の最大の持ち味は、何と言ってもフードファイター随一の嚥下力とその持続力である。彼は、寿司やホットドッグといった固形物でも、ほとんど咀嚼せずに10分以上にわたって飲み込み続けることができる。この事は、例の痛ましい死亡事故を見るまでも無く、人間にとっては体に大きな負担を与えるものであって、常人に真似できるものではない。他の一線級フードファイターでも、4〜5分ならともかく、10分以上の無咀嚼嚥下は無理難題と言って良いものであると思う。それを可能にするまでに自らの体をそこまで鍛え上げた努力と、それを支える彼の才能には脱帽する思いである。恐らくこれからも、少なくとも早食いカテゴリでは、彼の優位は揺るがないものと思われる。
 だが、そんな彼にも弱点が無いわけではない。以前にも少し指摘した事があったが、彼の食べ方は良く言えばワイルド、悪く言えば荒っぽいのである。これは昨年末に「フードバトルクラブ」でファウル制度(食べこぼし、食べ残しが記録無効になるルール)が導入されてから、再三その“お世話”になっている事でもよく分かる。勿論他の選手もファウルを犯しているが、小林のファウル回数は全選手中トップクラスである事は確かだ。
 実は、今回のネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権でも、小林はファウル(=失格)ギリギリのプレイで、あわや失冠するところだったのである。
 その出来事は、小林が2位以下に24本余りの大差(!)をつけて圧勝のまま競技を終了しようという、その間際に起こった。12分もの間、極限状態で競技を続けていた疲れが出たのだろうか、小林が口に頬張ったホットドッグの嚥下に失敗し、むせ返ってしまったのである。
 ここで小林は、何とか競技時間内に内容物を口から吐き出す事は防いだものの、鼻からはいくらかの吐瀉物(?)を噴き出してしまった(そして、試合終了直後には口からも吐き出した)。これを見ていた2位のエリック=ブッカーは、小林がネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権のルール・「一度食べた物を吐き出したら即失格」に抵触するとして運営者サイドに抗議。あわや小林尊は失格か、という事態に陥ってしまったのだ。
 結局、運営者であるIFOCE(国際大食い競技連盟)サイドは審議の結果、
「小林は鼻から吐瀉物を噴いたが、テーブルを汚したわけではない」、
「吐き出した物は胃から吐いたものではなく、嚥下する直前の物がゲップをした弾みで吹き出たものである(だから規則違反ではない)」
「口から吐き出したのは試合終了後であり、小林は最後まで持ち堪えた」
 ……という、(少なくとも初めの2つはかなり苦しい)公式見解を出して、「小林、失格に至らず」と判定。ここでやっと小林のタイトル防衛が確定したのである。
 恐らくIFOCEサイドは、小林が記録上大差で勝利している事などを考慮して、このような判定を下したのであろうが、もしこれが判定に厳しい「フードバトルクラブ」ならば、かなりの確率で失格を覚悟しなければならないところであったはずだ。まさに危機一髪という状況だったのである。
 ……同じファウルでも、これが実力で劣る選手がイチかバチかの挑戦をした挙句のファウルならまだ良い。しかし小林のファウルは、今回の件も含めて、やらなくても良い場面で犯すファウル(またはその未遂)が多いのだ。恐らくこれは、常に限界に挑む事を旨とする彼のポリシーの現れなのであろうが、それで積み上げて来たものを失ってしまっては何にもならない。今はまだ深刻な結果に結びついてはいないが、このままの危うい競技スタイルを維持していこうとすると、近い内に破綻が訪れるだろう。それが果たして、プロ選手として相応しい事なのだろうか? せめて、少しは食べ方の改良くらいは挑んでみてもよいと思うのであるが──。

 総合レイティング値では小林尊に及ばなかったものの、国内メジャータイトル4連覇の偉業を成し遂げて、最強の王者の名を欲しいままにするに至ったのが白田信幸であった。
 彼の体のパーツのことごとくがフードファイトに適応したものであるという事は、これまでも再三述べてきたが、彼の“最大”の武器は、スプリント系競技でも絶大なる威力を発揮した。いや、これまで使いこなせていなかった力を使えるようになったと言うべきだろうか。
 「フードバトルクラブ3rd」の1stステージ・寿司40カン早食いにおいて、白田はそれまで同種の競技では無敗を誇った小林尊を僅差ながら粉砕。ついに早食い系、大食い系両方の競技で小林越えを果たしたのである。
 その時のタイムは36秒14。1皿(2カン)あたりの平均タイムは1秒81という、文字通り破格の好記録であった。そしてその記録を支えたのは、これまでの競技生活で鍛えられた一流の嚥下力もさることながら、一度に寿司8カンまで納められるという彼の大きな口であった。これは現行の「口に納めた時点で完食とする」というルールが存在する以上、決して揺るがないアドバンテージである。
 これを「不公平だ」と言う事は簡単だが、これをリーチが長いボクシング選手や、ジャンプ力の優れたバスケットボール選手と同じ事だと考えたらどうだろうか。そう、白田はフードファイトに冠する天賦の才能を持って産まれて来た男である、ただそれだけの事なのである。
 これで国内のメジャータイトルを独占した白田は、大食い系競技会の集中する秋シーズンで、空前絶後のメジャータイトル7連覇に挑む。現在、フードファイトに集中できる環境に居ないことだけが不安材料だが、それも卓越した技術と才能でフォローしてくれるだろう。

 さて、“2強”の前に圧倒される形になってしまったが、3番手以下の選手たちも着実にレヴェルアップを果たして奮闘している。
 早食い系スペシャリストの第一人者である山本晃也は、寿司やカレーライスといった早食い系競技定番の食材で次々に好記録を連発した。小林、白田の牙城を揺るがすまでに至らないのがもどかしいが、実力そのものは着実にスケールアップしている。
 高橋信也は、「フードバトルクラブ3rd」決勝での消極的な戦いで大いにミソをつけたものの、並み居る強豪を抑えて結果を残しているのだから、もっと自分を評価して良いはずだ。彼の課題は“脱・バイプレーヤー”。そのためには何よりもアグレッシブさが欲しいところである。
 引退を撤回して「フードバトルクラブ3rd」に出場した射手矢侑大の頑張りも評価できるものであった。苦手としていたスプリント系競技での善戦健闘は、さぞかし自信になっただろう。魔が差したようなファウルで勿体無い事をしたが、その悔しさを秋シーズンに繋げて欲しいと思う。大食い系競技では、唯一、白田と互角に争える実力があるだけに期待大だ。
 あと、成長度が目立った選手を挙げるならば、小国敬史立石将弘も該当するだろう。胃容量が“割れて”しまっている立石はともかく、小国には大食い系競技に対する未知の魅力もある。
 そんな中で、一抹の寂しさを覚えたのは新井和響の大不振であった。大食い系競技の集中する秋シーズンでの活躍は望めないため、リベンジの機会は最短でも年末の「フードバトルクラブ・キングオブマスターズ」での話となる。果たしてその時の彼はどのような姿を我々の前に見せてくれるのであろうか?

 一方、土門健らの登場で話題を呼んだ早飲み系競技とは対照的に、早食い系競技においてはルーキーが大不作であったと言わざるを得ない。
 「フードバトルクラブ3rd」では、ある程度の記録を残して56.5のレイトを獲得したヒロを除いては軒並み“素人大食い自慢”の域を越えなかったし、「大食い選手権」の新人戦でも、名古屋予選第1ラウンドで1.6kgの天むすを8分で完食した通過者5名が、それぞれ56ポイントを獲得したのみに終わった。これはネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権の予選会が開かれなかった影響や、前年の2001年デビュー組が大豊作だった反動が出ているのだと思われるが、それにしても寂しい限りであった。
 ただ、その代わりと言っては何だが、大食い系カテゴリの方ではスーパールーキーと呼んで良い逸材が登場した。これはまた、次回の解説文で紹介しよう。

 最後に外国勢。「フードバトルクラブ」の外国人招待枠が消滅したため、国内における外国人の活躍は見られなかった。だが、それでもネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権において、中嶋広文・新井和響全盛期の世界記録に相当する好記録をマークしたエリック=ブッカー(記録26本)とオレッグ=ツォルニツキー(記録25本1/2)が現れて、アメリカにおけるフードファイトのレヴェルアップが窺えたのは収穫だった。いずれ、彼らのような実力者の何人かが日本のメジャー大会に逆上陸して来る日も近いであろう。


 以上、「早食い・スプリントの部」をお送りしました。次回は大食い系競技のレイティング「早大食い・大食いの部」をお送りします。お楽しみに。(次回へ続く) 

 


 

7月29日(月) 文化人類学
「2002年度・フードファイターフリーハンデ・中間レイト(1)〜早飲みの部」

 今日から週1〜2回ペースの不定期で、「2002年度・フードファイター・フリーハンデ中間レイト」をお送りします。

 この企画は、今年の2月にお送りした「2001年度・フードファイター・フリーハンデ」の続編にあたるもので、本来、競走馬の客観的な絶対能力比較に使用される「フリーハンデ」を、フードファイター(早飲み、早食い、大食い選手)の能力比較に応用しようとする試みです。
 詳しい事は、「2001年度フードファイター・フリーハンデ」ハンデ一覧表)を実際に読んで頂く方が早いのですが、時間の無い方のために、ここでも簡単に説明しておきましょう。

 まず、元々の「フリーハンデ」とは、その能力比較をしたい競走馬たちを、とある条件で全て同時に走らせた場合、ゴール前で全馬が横一線になるにはどうすれば良いのかを想定して各馬に負担重量を設定し(例:芝2400mでのハンデ…馬A:61kg、馬B:59.5kg、馬C:57kg)、その数値の高さで各馬の能力を測定・比較できるようにするものです。
 この「フリーハンデ」は、同じ条件で凌ぎを削った競走馬同士の実力比較だけでなく、活躍時期の違いや得意とする条件の違いにより直接対決が不可能な馬同士でも、その数値の高さによって実力比較が可能であるという利点があります。
 よって、この「フリーハンデ」をフードファイトに適用する事で、同じ年に活躍した早食い系選手と大食い系選手の実力比較や、直接対決の無い「大食い選手権」系選手と「フードバトルクラブ」系選手との実力比較、さらには昨年の活躍選手と今年の活躍選手との能力比較が可能になるわけです。

 ──というわけで、この企画の内容、及び意義がご理解頂けましたでしょうか?

 それでは、以下に「フードファイター・フリーハンデ(以下:FFフリーハンデとする)」を編集するにあたっての規定を記しますので、あらかじめよくお読み下さい。

 

◎数値は本家の「フリーハンデ」に倣って、競走馬の負担重量風のものを使用します。重量の単位は、最近ではポンド換算が主流ですが、ここでは旧来のキロ換算の数値を使用します。ただし、競馬と違って、キロという単位に意味は有りませんので、「〜ポイント」と呼ぶ事にします。数値は0.5ポイント刻みです。
 ポイント設定の大まかな目安としては、
 ・50ポイント……フードファイター(選手)と、大食い自慢(一般人)との境界線
 ・60ポイント……「フードバトルクラブ」「大食い選手権(オールスター戦)」決勝進出レヴェル
 ……と、します。ちなみに、常識外れのビッグパフォーマンスが無い限り、65ポイントを超える事は有りません。
(逆に言えば、65ポイントを超えると、普段から一般人離れしているフードファイトの世界においてでも、常識から外れた物凄いパフォーマンスという事になります)

 また、選手間のポイント差については、
 ・0.5ポイント差……ほとんど互角だが、僅かに優劣が生じている状態
 ・1ポイント差……優劣が生じているが、逆転可能な範囲
 ・2ポイント差以上……逆転がかなり困難な差

 ……と、解釈してください。

◎今回の「FFフリーハンデ・中間レイト」の対象となる競技会は、以下の通りです。
 ・「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」
 ・「TVチャンピオン・全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦」(本戦および地方予選)
 ・「『なにコレ!?』なにわ大食い選手権」
(全国大食い選手権・日本縦断最強新人戦・近畿地区予選)
 ・ネイサンズ・国際ホットドッグ早食い選手権

 

最終的に各選手に与えられるポイントは、「FFフリーハンデ」対象競技会における、ベストパフォーマンスの時の数値を採用します。
 そのため、直接対決で敗れている選手の方が、「FFFハンデ」では高い数値を得ている場合もあります。その場合は、敗れた選手が他の競技会で、よりレヴェルの高いベストパフォーマンスを見せた、ということになります。

◎ハンデは以下に挙げる7つのカテゴリに分けて設定します。
 瓶早飲み/ペットボトル早飲み(以上、食材が飲料の競技)/スプリント(5分以内)/早食い(5〜15分)/早大食い(15〜30分)/大食い45分(30〜59分)/大食い60分(60分以上)(以上、食材が食べ物の競技)

最終的に各選手へ与えられるポイントは、7つのカテゴリの中で最高値となったポイントを採用します。
 
これにより、早飲み選手、早食い選手、そして大食い選手との間での、間接的な能力比較が可能になります。

◎他、細かい点については、その都度説明します。

 

 ──それでは、今日はこれから「瓶早飲み」と「ペットボトル早飲み」のフリーハンデ及びその解説を掲載します。なお、解説文中では、人物名を敬称略、文体を常体に変更してお送りします。


 

「2002年度・FFフリーハンデ・中間レイト」
〜瓶早飲みカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
64 白田 信幸
62.5 小林 尊
62 射手矢 侑大
  62 山本 晃也
61.5 ヒロ(安田大サーカス)
  61.5 土門 健
  61.5 駿河 豊起
61 渡辺 剛士
59.5 新井 和響
10 59 植田 一紀
11 58.5 高橋 信也
  58.5 立石 将弘
13 58 青木 健志
  58 渡辺 勝也
15 57.5 山根 優子
16 57 木村 登志男
  57 柴田 綾太
  57 加藤 昌浩
19 56.5 高橋 明子
20 56 小国 敬史
21 55.5 渡辺 高行
  55.5 渡辺 宏志
  55.5 三井田 孝敏
  55.5 福元 哲郎
  55.5 山形 統
  55.5 平田 秀幸
27 55 関 絵梨

 ※主な競技結果※

FBC3rd プレステージ

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
63(64) 白田 信幸
62.5 小林 尊
62 射手矢 侑大
62 山本 晃也
61.5 ヒロ
FBC3rd 
決勝第8ラウンド・牛乳ステージ
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
64 白田 信幸

 

〜ペットボトル早飲みカテゴリ〜

順位 ハンデ 選手氏名
66.5 土門 健
63.5 加藤 昌浩
63 山本 晃也
  63 ヒロ(安田大サーカス)
  63 小林 尊
62.5 渡辺 勝也
61 渡辺 剛士
60.5 高橋 明子
60 小国 敬史
  60 白田 信幸
11 58 青木 健志
12 54 駿河 豊起

 ※主な競技結果※

FBC3rd・1stステージ・ペットボトルの部

ハンデ(上位5名)
()は他競技での最高値

選手氏名
66.5 土門 健
63.5 加藤 昌浩
63 山本 晃也
63 ヒロ
62.5 渡辺 勝也
FBC3rd 準決勝第1試合
第2ラウンド(ペットボトル)
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
62(63) 山本 晃也
60 白田 信幸
FBC3rd 
決勝第3ラウンド・水ステージ
ハンデ
()は他競技での最高値
選手氏名
63 小林 尊

 

 早飲み系競技が初めてメジャー級のフードファイト競技会に採用されたのは、昨年末の「フードバトルクラブ・キングオブマスターズ」だった。しかし、その時の早飲み系競技の位置付けは、まだ早食い系・大食い系競技の補助的な役割に過ぎず、早飲みだけに長けた選手が活躍できる余地は与えられていなかった。

 だが、事態はわずか4ヶ月で急転を迎えた。
 今春に開催された「フードバトルクラブ3rd ザ・スピード」では、予選に純粋な瓶早飲み競技を採用し、本戦に入ってからも、早飲み系競技を勝敗の重要なポジションになるようなレギュレーションに設定したのである。
 これにより、早飲みのスペシャリストに早食い系・大食い系の選手を破るチャンスが与えられる事になったし、逆に、これまで活躍して来た早食い系・大食い系選手たちにとっては、早飲み系競技を克服しない事には成績上位が望めないという事になってしまったのである。それは間違いなく、フードファイト界の大変革であった。

 もともと早飲み系競技は、早食い系・大食い系競技とは求められている能力が全く違う。それ故、これまでのレギュレーションでは台頭しようにも出来なかった早飲み系の選手たちが、この「フードバトルクラブ3rd」で多数“発掘”される事になったのである。
 彼らは自分たちの土俵から離れると途端に脆さを露呈してしまったが、純粋な早飲み系競技では無類の強さを発揮し、これまで第一線で活躍していたフードファイターたちを次々と破っていった。
 しかし、まだフードファイト界には「フードファイト=大食い、早食い」という認識が根強いし、「フードバトルクラブ3rd」のレギュレーションも、準決勝・決勝では早食い系選手が有利なものとなっていた。そのため、いくら早飲み競技でスペシャリストたちが活躍しても、十分な評価が与えられないというのが現状である。
 とはいえ、早飲み系競技には、早食い系・大食い系の競技に比べて危険性が少な